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お役所仕事の日本 – 大東亜戦争とコロナをお役所仕事で乗り切ろうとしてすべてを失う日本病

お役所仕事の日本 - 大東亜戦争とコロナをお役所仕事で乗り切ろうとしてすべてを失う日本病

コロナ禍がはじまって17ヶ月。
長引きそうだとは思って、それなりに会社も備えたつもりですがその想定以上に長引いてます。

大山俊輔

本業は英会話スクール運営会社の経営。コロナ禍やっぱり大打撃ですよ。

このエントリではこの17ヶ月を振り返って結論として、

「日本は大東亜戦争に続いてコロナとの戦いもお役所仕事で戦い壊滅的敗北をしてしまった(経済的に)」

というお話をしています。

元ネタは、憲政史家の倉山満さんの著書『お役所仕事の大東亜戦争』という本です。

 

この本では、いかに当時世界中の国々(連合国・枢軸国問わず)が挙国一致、強いリーダーのもとで国難を乗り切ろうとする中、我が日本だけが役人上がりのリーダーとお役所仕事の通常業務で戦争に突入。ただひたすら現場の頑張りで初戦は大勝利を収めるものの、戦略なきまま占領地を拡大し最終的には悲劇的な崩壊を招いた悲しい物語について、文化論としてまとめてくれている名作です(タイトルも)。

戦争という非常時、国家はその存亡をかけて戦うものですがなぜか私たち日本は昔も今も、日々のお役所仕事の通常業務で乗り切ろうとします。当然しわ寄せは戦争なら兵隊さん、そして、現代社会では現役世代や経済の最前線の起業家に集中します。

では、その特徴について過去のエントリと重ね合わせながら紹介していきます。

日本病

私はコロナよりもっと怖いものがあります。

その名は日本病

先の大東亜戦争、そして、今回のコロナと日本はこの日本病という集団的精神病により戦争やコロナによる死者よりも餓死者、自殺者を増やしてしまいがちな展開になるのでは。そんな懸念をしていました。

その展開を思い立ったのは昨年の2月。
ダイヤモンド・プリンセス号騒動の時期です。

でも、その後、ここまで長引くとは思わない中どうしてそんなことを考えたかって?

それは、平成に入ってからの日本の体たらくをずっとトレースすると容易に想像できるからです。このことは、「ウィルスよりさらに怖い – バシー海峡、消費増税、コロナウィルスに共通する日本病」と「日本的フェティシズム~戦争における餓死と経済におけるGDP減少を招くやっかいな病」の記事をご参照ください。

ウィルスよりさらに怖い – バシー海峡、消費増税、コロナウィルスに共通する日本病 日本的フェティシズム 日本的フェティシズム~戦争における餓死と経済におけるGDP減少を招くやっかいな病

経済的一人負け

さて、経済面についての一人負け。

これは、見るまでもなく明確になってきました。
アメリカ、イギリスなどはさっさとワクチンをうち始めてすでに国民の気持ちはコロナはオワコン。アメリカでは、「現代のルネサンス」と呼ばれるような経済バブルがおきはじめていて、失業率は大幅に改善、景気加熱からくるインフレ懸念まで出てきました。羨ましい悩みです。

翻って日本は・・・。

コロナ自体の被害は、未だワクチンで収束モードのイギリスやアメリカよりも遥かにマシなのに度重なる緊急事態宣言。補償なき自粛でボロボロです。

あたってほしくないけど、私、昨年3月にドラマ「玉川区役所 OF THE DEAD」をもじって下記のようなエントリを書いていました。久しぶりに読むと、これ予言の書じゃねえのかと思うほどあたってます。あたってほしくなかったんですけどねぇ・・。

玉川区役所オブ・ザ・デッドとコロナウィルス 日本はコロナとの戦いを『玉川区役所 OF THE DEAD』的解決を目指すが、経済との戦いで一人負けする予感・・・・

日本は今回のコロナをキッカケとした世界的な経済競争においても明らかに圧倒的な負け組路線ですが、驚くことはありません。1997年から23年以上その状況が続いているのですから。

自殺の増加

これも昨年4月にこうなるよ、と警告してましたがいよいよ本格的に自殺者が増えてきました。

私は1998年に大学卒業してるのですが、消費増税に伴う大不況でこの時期から就職氷河期世代が誕生しました。その結果、いわゆる失われた世代(=ロスジェネ)時代になるわけですが、この時期から2010年までは年間自殺者はほぼ3万人を突破。その前までは2万人でしたので、急に自殺が1万人も増えて、経済的困窮と自殺の相関関係を実感したものです。

だからこそ、日本もアメリカのようになりふり構わぬ対応をすることを希望しましたが残念ながら真逆の方向に進んでします。

日本の完全失業率の推移 もはやコロナ犠牲者の定義を変える時期だ(犠牲者総数=「感染による犠牲者」と「経済苦による犠牲者=自殺者」)

この記事では、失業者数と自殺者数の相関関係の考察をもとに昨年4月に書いたものです。
今、見直してもかなりあたっていると思います(あたってほしくなかったですが)。

不確実性とリスク

日本人は、この不確実性とリスクの違いを理解していない人が多いと思います。

不確実性とはまさに1000年に一度のような想定外のもの。
一方でリスクとは確率分布が読めるもの。

本来、不確実性に対しての対処のオーソドックスな手はなりふり構わずリソース投下。
一方で、リスクになれば計算できるので科学的対処です。

これは東日本大震災の福島原発事故の際のアメリカと日本の対処の仕方が見事に対比されました。
アメリカは、まず、この事故を「不確実性」と判断。東京の大使館や軍関係者をいち早く西日本に避難させました。一方、日本は警戒区域を小出し、小出しで拡大する作戦で避難されました。

一方、アメリカはこの事故が「不確実性」から「リスク」に変わったと判断したらいち早く大使館業務なども東京に戻しました。このあたりについては、「コロナショック〜フランク・ナイトの「リスク」と「真の不確実性」」の記事にまとめています。

フランク・ナイト コロナショック〜フランク・ナイトの「リスク」と「真の不確実性」

数理学者のナシム・タレブの言葉を借りれば

「小さなボラティリティ(変動)を避けようとして大きな破滅をまねく国民性」

というのが、日本人評ですがこれは悔しいながら言い得て妙です。確かに、私達は「小さな失敗をには不寛容だが、その結果として、大きくてまれな失敗を生み出す」というパターンに陥りがちです。

戦力の逐次投入

日本は、本来リソースを集中投入すべき時に小出し小出しで投下する悪い癖があります。

先の大戦でもこれで米軍に個別撃破され痛い目にあってますが、今回は経済対策でも見事に現れました。アメリカは、こんなときだからと政府は国債を一気に発行し、FRBもそれに協力。未曾有の経済対策をトランプ、バイデン両政権が行いました。

日米のコロナにおける経済対策の差は、目下、東京都と喧嘩中のグルーバルダイニングの長谷川社長のこの米国子会社で受けた対応に如実に差が現れています。私も、知ってびっくりしました。

これにより、米国では小売店などのダメージも当初大きかったものの今は比較的落ち着いてますし、何よりも家計に何度と資金が行き届いたことで、コロナ収束後の消費爆発につながる道筋をたてました。一方、日本は昨年の10万円の定額給付金だけ。既に、飲食だけでなく多くの業界では借金まみれで青息吐息。

これでは、コロナが収束しても満身創痍で消費はアメリカのように一気に回復できません。
なによりも、店舗などの閉鎖により供給も一気に減ってしまいました。一度閉鎖された店舗後に、次のテナントはそうかんたんには入ってくれません。結局、大胆な経済対策をすることで使うお金以上にマイナスの被害を与えてしまいました。

このあたりの考察は、「昭和史の『失敗の本質』と今回のコロナ騒動」の記事にまとめています。

昭和史の『失敗の本質』と今回のコロナ騒動

本来はコロナ禍をキッカケに内需型景気回復をはかれるはずだった

こうして書くと悲観的ですが、私、もう1つ肯定的なシナリオを期待していたのです。

それが、「コロナウィルス騒動は日本を内需主導・脱外需依存型経済に戻す大チャンス」の記事です。当初、中国の習近平が来日することをコロナ対策より優先させる日本政府を見て、そこまで外需(インバウンド)に頼らざる得ない経済じゃないだろ。日本は。

そんなふうに思っていました。

コロナ債による財政政策 コロナウィルス騒動は日本を内需主導・脱外需依存型経済に戻す大チャンス

むしろ、コロナを口実に中国にもそれなりに厳しく対処し、インバウンドが減ったぶんを国内で回る体制を昨年2月時点で作れえいたらコロナ騒動はここまで大事にならなかったでしょうし、多くの人の生活や人生をめちゃくちゃにすることもなかったのではないでしょうか。

一番良くないがもっとも手っ取り早い解決策

さて、ここまで状況がひどいと私もウルトラCを考えたくなります。

何って?

先の大戦で私たち日本国民が何をしたかです。

それは、一部の人(主に軍部、政治家)に責任を押し付けてアメリカに処断させて(東京裁判)自分たちは被害者ポジションをとったことです。

これは、一見楽な解決策です。
民主主義ですから、本来は、ひとりひとりの国民に責任があるはずですがそのことから一旦目を背けて、取り急ぎ何人かスケープゴートを見つけてその人達に大敗北の責任を押し付ける。

私も正直、ここでレジームチェンジができるならいっそのこと今のポンコツ首相や経済を破壊することがお仕事の東京都知事に全て責任を追わせて、ネオ東京裁判でもした上で新しい世の中に変わってくれるならやりたいと思う一人です。実際、そんなブログを「慢心しきったお坊ちゃんの時代 – コロナにうろたえてすべてを破壊する令和日本人とゼロリスク信仰の欺瞞」とタイトルを付けて以前書いてますよ。

大衆の反逆 慢心しきったお坊ちゃんの時代 – コロナにうろたえてすべてを破壊する令和日本人とゼロリスク信仰の欺瞞

ただ、これは本質的な解決にはなりません。
大事なのは、国民ひとりひとりが当事者意識を持つことです。

全ては日本人の無気力・意志薄弱が政治・官僚機構の暴走を長年放置した結果

でも、このやり方は本質的な解決にはなりません。

なぜなら、今この瞬間に世の中がおかしくなったのではありません。
私たちが自覚しているかしていないかは別に、こうなるべく国民の総意として選択した結果なのです。

先の大東亜戦争でも「自分たちは民主主義じゃなかった」「悪いのは軍部だ」といって1億総無罪を主張しましたが、日本は戦前から大正デモクラシーの伝統を持つ世界有数の民主主義国家でした。実際、婦人参政権などは欧州の国の大部分より早かったくらいです。

はたして、国民の総意としてこのお役所仕事的官僚・政治機構を維持してきたことのつけが大戦争の敗北、日本人にとってはそれほど驚異ではないウィルスとの戦争での自滅行為につながったのです。

最後に、伊丹万作の『戦争責任者の問題』のエッセイからの引用を紹介して終えたいと思います。

だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。

だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである。(伊丹万作『戦争責任者の問題』)

にしても、今、被害を受けているのがこうした日本の中では比較的リスクを取り自分の人生を切り開こうとしている人たちだというのがやるせないところではあります。

もう一度、日本を立て直していきましょう!

大山俊輔