大山俊輔
いやはや。令和に入ってから新しい時代の幕開け。
のはずが、波乱続きですね。
新型肺炎感染者 中国本土以外 17の国と地域で87人 #nhk_news https://t.co/OoPMl8ojnM
— NHKニュース (@nhk_news) January 29, 2020
はい、コロナウィルス。
日本人にも感染事例が出てしまいました。
与党はまったく危機感のないままの状態でコロナウィルスを直輸入状態。
そして、野党は全然関係ないことでずっと審議に時間を使う。
ここから大過なく収束することを祈りますが、ひとつわかったこととしては、与野党ともに国を護る気はあまりなさそうです。というか、実はどちらも仕事をやってるふりなのかもしれません。となると、被害者は末端の市井の人々です。
もちろんこの状態を作り出してしまったのも私達国民ひとりひとりですが。
でも、この状態、何かを思い出すのです。
そう。幕末の黒船来航です。
ひょっとすると、このコロナウィルスは令和の泰平の眠りを覚ます蒸気船なのかもしれないのです。
目次
黒船来航時日本は・・・・
江戸時代というのは面白い時代です。
多くの方が誤解されていますが、安土桃山時代を終えた江戸初期は軍事力も世界有数(鉄砲保有量も世界一)でした。まだアメリカは植民地です。欧州諸国の国力はまだあまりなく、南方からのオスマン帝国の驚異に怯えていました。そうです。むしろ明・清帝国、ムガール帝国、そしてオスマン帝国といったアジアの諸帝国のほうが欧州諸国より国力がありました。
日本はどうだったのでしょう?実は、かなりの大国です。
アジア諸帝国に負けないだけの兵力の大量動員を可能とする人口を単一国家として持ち、15世紀〜16世紀の火砲イノベーションの最先端の流れに乗っていた。つまり、この時点では世界有数の軍事大国です。
実際、明が清にとって変わられるとき、何度となく明より徳川幕府へ援軍要請の使者が来ています。つまり、江戸初期の日本には十分に鎖国をして他国からの圧力をはねのけるだけの国力と軍事力があったのでしょう。(個人的には、明治に遡る江戸初期の清朝勃興期の清軍とお花畑に入る手前の江戸幕府軍の戦いがあったらどうだったのだろうか興味ありますが)
しかし、幕末ともなると200年以上が経過しています。
その間に日本はどうなっていったか・・・。もちろん色々ありますが、お花畑化しちゃいました。
文化・諸改革などでは、教科書でも話題に事欠かない江戸時代ですが戦いはありませんでしたよね。もちろん、数学などでの発明は多くありましたが自然科学面では世界との交流が限定されていたため、取り残されていきました。
そんな江戸時代ですが、一方で良かったこともあります。
それは一般人が思いっきり勉強する機会に恵まれていた時代でもあったこと。
しかも、いわゆる受験エリートのイメージする「おべんきょう」ではありません。人としてどう生きるべきか、そして、何を成すべきなのか。こうした基礎をしっかりと内包した「学問」です。日本版プラグマティズムの祖とも言える荻生徂徠の古学などもその1つだといえるでしょう。
そしてその学問への参加者の多くは一般庶民であり、下級武士でありました。
つまり、後の明治初期の社会の基盤を成す層の人たちの知性面・精神面がともに充実し、開花にむけた準備をしている時代でもあったのです。
お花畑化していく幕府官僚
一方で、中央に上がるほどお花畑化著しかったのも江戸時代の特徴です。
もちろん、藩にまで細分化していくと、各藩の中には非常に優秀な人々がいましたし、幕府の中にもいました。ですが、組織としての行動を見てくと今回の我が国のコロナウィルスへの対応と似たものを感じざるを得ません。
共通しているのは「責任を取りたくない」「事なかれ主義」ということ。
これは、知性ではなく精神面のお話かもしれません。実際、フィリピンのドゥテルテさんなどはさっさとこんな判断をできています。
流石
ドゥテルテ大統領
まだまだ貧困層が多いから
感染拡大したら
病院にも行けない人達が
大変な事になる— おにザリ (@onizariryoushi) January 25, 2020
本当に国民が国の大御宝だと思っていれば当然の意思決定です。
ですが、当然、この判断には「責任」が伴います。
だから、日本の政治家は与党も野党も関係ないことに議論を逃し時間を空転させてしまいます。そして官僚も政治家がこうだから、ますますリスク回避の行動をとってしまいます。
これは先の第二次大戦でも幕末にも見られた現象です。
幕末・令和にも見られる現象
つまりこうなります。
リスク回避型の政治家や官僚は下記のような行動を恐れます。
あえて、このような判断をリーダー型・オーナー型判断とします。
【リーダー型・オーナー型判断】
↓
そのために小さな確実な犠牲を生み出す
↓
叩かれる
↓
結果、多数を被害から救う(全体最適を優先する)
では、彼らは何を恐れるのでしょう?
それは彼らでも想像できる確実にある目先の犠牲を出すことです。
今回のコロナ騒動で言えば、インバウンド需要が一時的に減少することで、インバウンドの恩恵がある業界団体であったり、あるいは、風評被害を恐れる中国政府からの非難が怖いのかもしれません。
その結果、リスク回避型の政治家や官僚は下記のような行動を選びます。
このような判断を【日本型判断】と名付けるとしましょう。
【日本型判断】
(以前叩かれていなく平時に大過なかったという理由で)
↓
叩かれないように文句を言ってきそうな人のことを考えて思い切った判断をしない(クレーマーに気遣う)。現行の法律でできる範囲の判断を優先する(後で言い訳しやすいから)
↓
起きたことには対症療法を繰り返す
↓
被害拡大
↓
多数派が被害を受ける
↓
「やることはやった」「だが、想定外だった」と言い訳して誰も責任を取らない
ですが、この【日本型判断】は結果として更に大きな被害を生み出すリスクを内包しているのです。
リスク計算ができる方であれば、こんな計算をするのではないでしょうか?実際、インバウンドの需要が5兆円/年、日本の個人消費が300兆円/年です。
春節にインバウンドを失う確実なロス
仮にインバウンド全体の1/5として(そんなにないでしょうけど)最大でも1兆円程度です。
これは下記の計算となります。
1兆円 × 100% = 1兆円の被害
一方で、仮に日本でパンデミック、もしくは大騒ぎになる確率が10%、そして、その結果国内での人の動きが止まり個人消費が10%減少するとしましょう。この場合の損失期待値は下記の計算です。
30兆円(300兆円×10%) × 10%(パンデミックの確率) = 3兆円
これはあくまでも頭の体操レベルの計算です。実際は、インバウンド需要も消失しますので、そうなるともっと被害額は増えることでしょう。いずれにせよ、【日本型判断】を行うことによるロスのほうが実はリスクがはるかに高いのです。
一方で、消費増税などによる経済のダメージが見えないのもこうした人々に共通する特徴です。実際、消費増税により2019年10月期〜12月期の国内消費はおそらく5〜7%程度落ち込んだことでしょう。単純に300兆円の1/4の期間に5%落ち込むとすれば、3.75兆円の被害がすでに発生しているのです。
では、なぜ日本的エリートはこの日本型判断を優先してしまうのでしょう。
それは、おそらく前例踏襲を優先すること。部分的知識のみを優先したエリート育成による、総合的知の欠落、つまり、その結果としての想像力の欠如だといえるのではないでしょうか。
このあたりは別エントリ「日本人とジグザグ型進化(マクロデザインVSミクロ最適化)」に詳しく書きました。
日本人とジグザグ型進化(マクロデザインVSミクロ最適化)このような判断は永田町・霞が関の世界だけではなく日本企業、特に組織的に年令を重ねた大企業にもよく見られる現象かもしれません。私は一応オーナー社長なので、なるべく前者の【リーダー型・オーナー型判断】を意識した判断をしようとしますが・・・・(もちろん、うまく出来ているとは限りません)。
実は同じことが幕末にもあったのです・・・・。
黒船が来たとき、大衆/下級武士は・・・、そして、幕府官僚は・・・・
さて、黒船というと突然ペリーがやってきて日本中パニクったように教わりますがそうではありませんでした。
実は馬鹿にされがちな幕府。すでに同盟国のオランダよりペリー来航の情報は知っていました。ですが何もしません。というかできません。
それはなぜでしょう?先程の日本型判断を優先したからだと言えるでしょう。
もしくは、ダチョウが砂嵐がやってくると頭を砂に突っ込むたとえ話のごとくいつか大難が去っていくことを祈って現実逃避していたのかもしれません。その証拠に、この時期の幕内の議論として「参勤交代をどうするか」について真剣に議論がされています。
え、参勤交代・・・。
あれ、これって今の国会の状況と似てますね・・・。
あまりうれしくないですが。
実際、欧米では会社の未来を決めるような議論をすべき時に「黒ペンと青ペンどっちがいい」みたいなどーでもいいことに時間を使う人のことを“Time Vampire”(時間吸血鬼)といって最も忌み嫌われます。
以上、なんか頭の痛い話でしたが、こんな、ペリー来航時の一般人はどうだったのでしょう?
もちろん、パニクって逃げた人もいました。ですが、意外かもしれませんが、多くの人々が興味津々だったことが記録に残されています。
神奈川県には「黒船見物の丘」がありました。
ここに、「あれが、噂の黒船だべさ」と人々が集まって見学したのです。中にはこれとばかりに、まんじゅうを売る人もいました(笑)。
もし、この状況を見れば、日本を支配しようとした西欧列強も日本の手強さはこの一般大衆の好奇心にあることを見抜いたかもしれません。なにせ、彼らが支配したアジア・アフリカ諸国ではこれで十分な威嚇になりましたから。
ですが、日本には最終兵器がありました。
一般人の知性と気概です。江戸末期の一般人とは庶民と下級武士、そして、一部の危機感の高かった中央以外の大名(外様、譜代ともに)たちです。
実際、黒船来航からまもなくあれだけ怖かった黒船を乗り回したヤンキーのにーちゃんがいました。
そう、脱藩武士の坂本龍馬です。
また、伊予宇和島藩では大村益次郎(靖国神社の髪型のやばい人です(笑))と仏壇職人の嘉蔵(後の前原巧山)が設計図をもとに、なんと!黒船を作っちゃいます。今で言えば、愛媛県が独自路線で勝手に地元の町工場のオヤジに頼んで核武装しちゃうくらいのインパクトのある出来事です。
これですよ。これ。
中央がダメだから下がどんどん勝手にやっていく。
中央と下との対応に格差が驚くほどにある。
これが、日本がグダグダモードの時代に共通する特徴なのかもしれません。
残念ながら日本は大きくしか変わらない国
前回、下記のエントリで日本人というのは漸次的な変化の苦手な国民だと書きました。
実際、今国会でどーでもいい議論をしている与野党の先生方も官僚の方々も学生時代、お勉強は出来た人たちが多いことでしょう。ただ、残念ながら大事なことを学ぶことはしてこなかったようです。それは、教養であり、哲学であり、そして、インテリジェンスです。こうしたことは、学校のクラスだけではなく日々の仕事、生活と経験のフィードバックを通じた学びからしか得ることができない学びです。つまり、学生時代の勉強と違い、大人になってからの日々の学びなのです。今風に言うと生涯学習ですが、ここには、実体験のフィードバックが重要になってきます。
この知性がないと想像力が働きません。
だからこそ、このような非常時でもこんなアホなことばっかやってしまいます。
でも、この状況が続けば、まじで国が滅びます。
だってこの1年で日本で彼らがやったことといえば消費増税と軽減税率ですよ。足引っ張っただけです。そして、ウィルスが拡大するかもしれない時に、窓全開で迎え入れてしまうというオウンゴール。兎にも角にも、悪気はないのかもしれませんが気づかずに国を滅ぼしにかかっています。
徳川慶喜は家康の再来と言われる天才だったが時代を変えることはできなかった
幕末もそうでした。
実際、最後の将軍となった徳川慶喜は家康の再来とも言えるほど頭の良い人だったそうです。
ですが、彼は今の日本と同じく【日本型判断】をしていまいます。
日本型判断とは何でしょう?
それはすなわち今ある「現状」の中でましなことをしていくことを優先する。
そんな判断を場当たり的に繰り返すことです。
これを、先の大戦時も日本軍は繰り返してアメリカに敗北します。
幕末の日本に必要だったことは何だったのでしょう?
産業革命を迎えた欧米列強がアジア諸国を圧倒する国力を持って日本に迫っている時期です。
となると答えは明確です。いち早く強い政府を作り強い国家を作って侵略をはねのけることというのが答えでした。
そのためには江戸時代のように日本中が異なる藩に分割されているのでは、欧米列強の思うつぼです。まずは、天皇のもとにまずは、国を統一する。
だからこそ、明治維新は英語では”restoration”なのです。つまり、「王政復古」という極めて保守的なテーマを内包しているユニークな革命でもあったのです。ただ、復古という衣を纏ってはいましたが、徳川将軍と幕官機構という頭をすべてすげ替える必要がありました。
そりゃそうです。こんなことを小頭の良い徳川慶喜ができるか。
いや、できない。
それを見抜いていた男が大久保利通だったのではないでしょうか。
だからこそ、まだ薩摩藩という一外様大名の、しかも、若手下級武士でしかなかったこの男はあらゆることをやって権力の座に昇っていきます。
そして、日本の統一を邪魔するならば盟友でもあった西郷さんすら切り捨てる。
これが本来のリーダーなのでしょう。
日本的変化のためには組織を新しくしないと難しい
そう考えると、今の日本を変えるのは現在の与党でも野党でも官僚なく、第三の新しい勢力である必要があるのかもしれません。
今の与野党ともにあまりに長く馴れ合いの世界に身を置きすぎてしまいました。それなりに、個々の先生や官僚の中には優秀で国を想っている人はいるはずです(そう信じてはいます!)。ですが、ここまでガチガチになってしまった組織を内から自らを変えるということはもう不可能でしょう。
実際、私が一番懸念するのはコロナウィルスのパンデミックではありません。
ここまで政府が機能しないことが海外にバレてしまったことです。
中国にせよアメリカにせよロシアにせよどこか日本に一目置いていたところはあったでしょう。30年近くデフレを継続し、国力を減退させたとはいえ一応まだGDPも世界3位です。先の大戦でも、アホな作戦ばかりでしたが、国を護るために命をかけて神風で飛んでいった人たちがあれだけいたのですから。
ですが、きっと彼らも、今回の我が国のお馬鹿さんな対応を見て、
「こりゃ、落ち着いたら日本工作し放題だわ」
と思ったことでしょう。
もちろん、このコロナウィルスが落ち着いたあとの話ですが。
そうならないようにするためには私達ひとりひとりの国民がまず自衛する必要があります。
政府・官僚機構がちゃんと機能しないことが分かった今、大事なことはまず身の回りのことです。
私の場合は、まずは自分と家族。そして、会社、スタッフとお客さまを守ることが第一です。ここでは書きませんが、私達の会社も念には念を入れて、様々なシナリオをすでに想定して対応を準備しています。もちろん、何もなければラッキーと思って。
はたして、このコロナウィルス危機は新しい日本になるための蒸気船の役を担ってくれるのでしょうか。
それとも失われた40年に向かうための鏑矢となってしまうのでしょうか。
もちろん、全ては後で振り返ると笑い話となってくれないとまずいですけどね。
大山俊輔