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ケインズ「雇用、利子および貨幣の一般理論」をわかりやすくレビューする | そのぶっ飛び人生と難解な理論を解説

ケインズ「雇用、利子および貨幣の一般理論」をわかりやすくレビューする

新型コロナ対策に関連した世界の財政支出や金融支援は1300兆円を超えるといいます。
世界の政府債務は第二次大戦後を超えて過去最大に達します。(2020.12.23日経新聞朝刊)

現代に生きる私たちは、これがケインズ理論とよばれる経済理論に裏付けられた政策であることを知っています。
しかしつい90年前まで、政府は市場に介入すべきでないとの考えが一般的でした。

この常識をひっくり返したケインズ理論とはどのようなものでしょうか?

長江天際

大学経済学部を卒業しましたが、当時ケインズの主著「雇用、利子および貨幣の一般理論」(これ以降、「一般理論」と略称します)とマルクスの「資本論」は必読の書でした。本業では、大手製造業の会社で営業、調達、人事、プロジェクト管理に携わり、中国にも10年以上駐在し多くの会社を立ち上げました。

このケインズ、マルクスの経済書はいくつかの共通点をもっています。

  • 単に経済理論であることを超えて、その後の国家や社会の姿を根底から変えた。
  • 内容は難解で、最後まで読み通すには大変な忍耐を必要とする。
  • ケインズ(マルクス)は死んだといわれた時期があったが、最近再び注目されている。

世界の主要国が積極財政と金融緩和策を極限まで追求する現在、ケインズが「一般理論」で何を説いたか知りたいという人が増えてるいるのではないでしょうか。

サイト管理人:大山俊輔

本業は英会話スクール運営会社の経営。大学でマクロ経済学を学んだ1990年代では有効需要の考え方など、ケインズ経済学が主流でした。しかし、社会人になってからの日本を見ていると真逆の政策ばかりであらためて経済に興味を持つようになりました。

また、ケインズは人間としても、世間の常識を超えたぶっ飛び人生を送りました。
ぶっ飛んだ人生だからこそ、当時の常識をぶち壊したケインズ理論が生まれたのかもしれません。

この記事では、ケインズ理論の支柱となる代表的著書「雇用、利子および貨幣の一般理論」を解説します。まずは、ケインズとはどのようなひとなのか?人物紹介を行い、ケインズに親近感を持ってもらいつつ「一般理論」をわかりやすく解説します。この記事を通じて、ケインズの理解が深まることを祈っています。

ケインズとはどんな人? 多趣味、投機家、攻撃的な性格が「一般理論」を生んだ

ケインズの「一般理論」は何故生まれたか?
それを理解するには、まずケインズという人物を知りましょう。

エリートコースを歩むが、自身過剰で容赦しない性格

ジョン=メイナード=ケインズは1883年6月5日英国の大学町ケンブリッジに生まれました。
同じ年の3月14日あのカール=マルクスが亡くなっています。
この取り合わせ、なにか暗示的ですね。

父親はケンブリッジ大学の教授で、母親は後にケンブリッジ市の市長になった人です。
ケインズは名門イートン校をトップの成績で卒業し、ケンブリッジ大学に入学しました。
絵に描いたようなエリートコースを歩んだわけですが、自信過剰なところがあったようです。

イートン校の教師はケインズを、「自分を特権階級とみなし、自分の知性にうぬぼれている」と評しています。
事実ケインズは、教師たちを愚かで退屈だと批判していました。
その後も彼は有能か無能かで人を区別し、無能とみなした人物は手加減なしに攻撃しました。
だからこそ、当時常識と考えられていた経済理論を真っ向から否定できたのでしょう。

大学では「新古典学派」の祖アルフレッド=マーシャルの教えを受け、経済学の勉強をはじめました。
しかし研究に没頭する気はさらさらなく、経済を動かす立場になろうと文官試験(国家公務員試験)を受けます。
合格はしましたが2位の成績だったため、希望の大蔵省に入れずインド省に配属されました。
何故1位をとれなかったかというと、経済学の点数が酷かったからです。
ケインズは、「試験官は僕より経済学を知らなかったに違いない」と言ったそうです。

退屈なインド省は2年間で辞め、ケンブリッジ大学で教えたあと大蔵省に入りました。

余談ですが、ケインズは若い頃同性愛者で、関係をもった相手のリストがメモに残っています。
世間規範にとらわれない、自由な生き方をしたわけですね。

「不幸の預言者」、ヨーロッパ経済の破綻を喝破

第一次大戦終戦後の1919年、大蔵省主席代表としてパリ講和会議に出席しました。

ケインズ36才の若さです。

会議は敗戦国ドイツの賠償金をめぐり紛糾しました。
ケインズはドイツが支払い可能で適正な額を試算しましたが、結局試算額の約3倍で決まったのです。

彼はアホらしくてやっとれんと、英国首相ロイド=ジョージに辞表をたたきつけ、帰国しました。

そして本を出版したのですが、本のなかでケインズはつぎのように主張しています。
「過剰な賠償金によるドイツ経済の破綻によってヨーロッパ経済全体が破綻し、さらにヨーロッパ経済のアメリカ経済に対する相対的な地位低下をもたらすだろう」

「このままではヨーロッパの復興に重大な障害が残るだろう」

ケインズは「不幸の預言者」とも言われています。
ケインズの予言が当たってしまったことを私たちは知っていますね。

多趣味の人ケインズ

第一次大戦後ケインズはケンブリッジ大学に戻りますが、象牙の塔に納まることはしません。
多方面の趣味を発揮しました。

1つは投機です。

学生時代から手をだしていましたが、本格的に外国通貨の先物取引にのめり込み、1920年予測を間違え破産してしまいました。
しかしその後は失敗をくり返すことなく、利益を得ました。

また美術品や古書の収集にもプロ並みの手腕を発揮したといいます。

また演劇やバレーにも関心を示しました。
ロシア人バレリーナに熱をあげ、交際をはじめました。
彼女は夫があり、またロシア軍将校と駆け落ちの過去がありましたが、1925年ケインズは多くの障害を乗り越えて結婚しました。

こうしたケインズの多趣味は、経済学を机上の理論とせず、現実の問題を解決する学問にしたのです。

そして「一般理論」が登場した

1925年イギリス保守党政府は、デフレ政策や金本位復帰の政策をとりました。
ケインズは反対しますが、受け入れられません。

このとき世界を襲ったのが大恐慌でした。

1929年10月24日ニューヨーク証券取引所の大暴落に端を発し、未曾有の企業倒産と失業者を生みました。
大恐慌はイギリスを含め世界中に広がりました。

ケインズは、積極的な公共投資で雇用を創出すべきと主張しましたが、他の経済学者たちは反対します。
当時の経済学は、国家が介入すれば市場システムをこわしてしまうと考えていたのです。

多趣味の世界に生きたケインズは市民の生活を理解し、ほっといてはどうにもならないと分かっていました。
大恐慌は既存の経済学の無力が原因だと主張したのです。

なぜ市場に介入する必要があるのか、政府や経済学者を説得するには理論が必要です。
そこで既存の経済理論を180度ひっくり返した新理論、「雇用、利子および貨幣の一般理論」を出版したのです。

1936年2月4日のことでした。

「雇用、利子および貨幣の一般理論」はなぜ難解か?

「一般理論」は難解です。

要因は3つあります。

「一般理論」を難解にする1番目の要因:一般人は蚊帳の外

1番目の要因は、「一般理論」の序文に書かれています。

「本書の第一の目的は、理論上の難しい問題に取り組むことで、(途中略)ここではまず身内の経済学者の説得が大事なので、一般人は蚊帳の外だ。」

身内の経済学者とは、当時一般的であった新古典派経済学の学者たちのことです。

新古典派の考えは、「自由な市場の働きに任せよ。政府はなにもするな。余計な介入は社会をダメにする」というものです。

「一般理論」を難解にする2番目の要因:理論てんこ盛り

2番目の要因は、さまざまな理論がてんこ盛りで相互関係が見えにくいことです。
消費、需要、雇用、投資、金利、貨幣についての理論が詰め込まれていて、全体相関図がわかりません。

「一般理論」は序文からはじまり、全6巻24章からなっています。

第Ⅰ巻(1章~3章)と第Ⅱ巻(4章~7章)は新古典派経済学への批判です。
第Ⅲ巻(8章~10章)は重要で、「無駄でもいいから公共事業をやって雇用を作り出せ」という有名なテーゼが出てきます。
第Ⅳ巻(11章~18章)も肝になるところです。「株式市場は美人コンテストみたい」とか「アニマルスピリッツ」というお馴染みの言葉が出てくるところです。
第Ⅴ章(19章~21章)は賃金と労働を取り上げています。
第Ⅵ章(22章~24章)は他の学者を小馬鹿にした付録のようなものです。

私たちにとって、これらは1つ1つの内容を追いかけるのに精一杯で、相互の関係がつかみ難いのです。

「一般理論」を難解にする3番目の要因:複雑な邦訳

もし「一般理論」の完本を読むのであれば、第Ⅲ巻、第Ⅳ巻、第Ⅴ巻を精読すればよいのですが、ここで一つ問題があります。

「一般理論」はいくつかの邦訳が出版されていますが、難解な内容をさらに複雑にするような日本語が多いのです。
これが3番目の要因です。

英語が得意な方は原典(英文)を読むのが一番ですが、邦訳本を読む場合も横に英語版を準備し、英文を確認しながら読み進めるとよいと思います。

「一般理論」にはなにが書かれているのか?

クルーグマンの要約

それでは「一般理論」にはなにが書かれているのでしょうか?

いきなりですが、ノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者クルーグマンは「一般理論」の結論をつぎのとおり要約しています。

  • 経済は全体としての需要不足に苦しむことがあり、それは非自発的な失業につながる。
  • 経済が需要不足を自動的に治すか疑わしい。治すにしてもゆっくりで痛みを伴う。
  • これに反し、需要を増やすための政府の政策は失業をすばやく減らせる。
  • マネーサプライを増やすだけで、民間部門が支出を増やすわけではない。その穴は、政府支出が埋めなくてはならない。

今ではこれらは常識になっています。
もう少し掘り下げて「一般理論」を説明しましょう。

新古典派の理論:賃金を下げれば失業者はいなくなる

新古典派の理論では、需要不足は起きないはずでした。

供給が過剰になったら、市場が調整して価格が下がり需要が発生するので供給過剰は解消されるはずです。
稼いだお金はいずれ消費されるか、預金にまわり銀行を経由して投資にまわるはずでした。

これは「セイの法則」と呼ばれます。

フランスの経済学者セイは、売買とは貨幣を媒介した物々交換であると考えました
何かを買うにはお金がいる、お金を得るために何かを売る、だから供給は自ら需要を創り出すというわけです。

資本家は物品を供給し、労働者は労働力を供給することで収入を得ます。
収入を得て需要を創出します。

資本家が物品を供給する代金(つまり物価)と労働者が労働力を供給する代金(つまり賃金)は、いずれ適切な水準に落ち着くと考えたわけです。

したがって職をもたない人は、より高い賃金の職を求めている人(つまり自発的失業者)と個人的関係がうまくいかずに失業した人(つまり摩擦的失業者)しかいないと考えました。

大恐慌による何千万人という失業も、本人が満足する賃金が得られない自発的失業者がいるだけで、完全雇用の状態だというのです。
労働組合と労働者が賃下げを認めれば、失業者はなくなると主張しました。

ケインズの理論:雇用水準は総需要で決まる

ケインズはこの新古典派の主張を蹴散らしました。

「お金のことを考えるとよくわかる。

人は稼いでも、その一部を手元に置いておきたがる。
つまり消費もされず、投資もされないお金が必ずあるはずだ。
したがってセイの法則は正しくない」というわけです。

さらにケインズは指摘します。

世の中に出回る現金の量が少なければ、その現金で取引できるだけのモノしか買えません。
つまり、それだけのモノを生産するだけの人数しか雇えないことになり、働こうとする実際の労働者の数とイコールではないというわけです。

ケインズは、雇用水準は総需要で決まるといいます。
総需要は総消費と総投資の合計です。

人は稼いだお金の一部しか消費しません。

消費されない分をそのままにすると失業が発生します。
そこは投資で補うしかありません。

ケインズの理論:公共工事は雇用を生む

社会全体で考えると、稼ぎが増えると一部を消費し一部を貯蓄(すなわち投資)にまわします。
消費にまわす比率を「限界消費性向」といいます。
貯蓄にまわされる分は、銀行を経由して投資にまわされ、投資が増えると社会全体の所得は増加します。

その比率を「乗数」といいます。

「限界消費性向」が高いと、「乗数」も大きくなります。

政府が公共事業で投資を増やすと、社会全体の総所得を大きく増やすことができるのです。
総所得は総雇用です。

公共工事自体は無駄なものでも、それは雇用を生むので有益なものになるのです。

ケインズの理論:政府が有効需要を創出しなければならない

完全雇用を実現するには、十分な有効需要の創出が必要です。
「有効需要」とはお金の裏付けのある需要のことです。

国は民間企業や個人のお金の使い方をコントロールできません。
有効需要が不足する場合は、政府や中央銀行が足りない分を埋め合わせするしかないのです。

市場に任せると、消費が落ち込み、有効需要が減り、雇用が減って失業者は増える一方です。

以上が「一般理論」でケインズが主張したことです。

ハイエクとの対比

さて、以前別のエントリでハイエクについても解説を行いましたが生前にハイエクとケインズはあまり話があわなかったことで有名です。ふたりとも、第一次大戦 → 大恐慌の時代を生きてきたという点では共通していますが二人の生きてきた環境は異なります。

ハイエクは、ドイツ、オーストリアなど第一次大戦の敗戦国が多大な戦後賠償金を背負っている中で、大恐慌をキッカケに経済が統制されていき、そこから社会主義化、集産主義化していくことを通じてナチスのような勢力が出てくることの危険性を見てきました。

かたやケインズは、デフレにより資本主義がストップしてしまうと市場が機能しなくなり、自生的秩序が有効に働かないため一時的に政府が需要を創出することが必要であると主張したのです。これは、実際にアメリカのニューディール、日本の高橋財政、そして、ドイツのシャハトによる経済政策によりデフレからの脱却方法として実証されました。

実は、どちらの主張も非常に重要であり、我々は「ケインズかハイエクか」ではなく「ケインズもハイエクも」理解している必要があるといえうでしょう。ハイエクとはどのような人だったのか?それについてその著書である『隷属への道』を含めた解説を以前行っていますので、あわせてご参照ください。

ハイエクってどんな人!?代表的著書『隷属への道(隷従への道)』からハイエクをわかりやすく解説 ハイエクってどんな人!?代表的著書『隷属への道(隷従への道)』からハイエクをわかりやすく解説

おわりに

ケインズは多趣味で攻撃的な性格の持ち主であったが故に、当時は常識とされた新古典派経済学の理論を打破する新たな経済理論を打ち立てることができました。

主著「雇用、利子および貨幣の一般理論」で、大恐慌で失業者があふれるなか、完全雇用を実現するには政府が有効需要を創り出さねばならないと主張しました。

第二次大戦は巨大な公共事業として機能し、ケインズの理論が裏付けられたとされています。
また戦後世界の主要国は、ケインズ理論を取り入れて経済を運営し、安定した成果をあげてきました。

ところが1980年代、アメリカは「貿易と財政の双子の赤字」に陥り、ケインズ政策ではそこから抜け出すことができなくなりました。
そこで、企業に自由に経済活動をさせ、モノの供給を増大させれば国の経済は活性化するという理論が出てきたのです。

この理論を唱えたのは、ミルトン=フリードマンを中心とする「シカゴ学派」の人たちでした。
フリードマンは、「ケインズ経済学は死んだ」といいました。
「経済をコントロールする手段として、財政政策ではなく、通貨の量をコントロールする貨幣政策を採用すべき(マネタリスム)」「政府は小さいほうがよい」と主張したのです。

しかしながら、20世紀末から21世紀にかけて世界は通貨のコントロールが効かなくなり、構造的な不況に苦しむようになりました。
国の経済運営は、通貨のコントロールより財政出動のほうが効果が大きいと考えられるようになったのです。
死んだといわれたケインズ経済学は、再び生き返ったのです。

日本でも、中曽根内閣による国鉄民営化や小泉内閣による郵政民営化などが進められ、「小さな政府」政策がとられたことがありました。

しかし第二次安倍内閣は、「3本の矢」政策で日本経済を成長させようとしました。
また新型コロナ対策として、積極的な財政出動と金融緩和政策がとられています。

はたして、これからの世界経済はどこへ行くのでしょうか。
またケインズの経済理論はどのような役割を果たすでしょうか。

長江天際