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【日本史】歴史オタクが関ヶ原の戦いについてわかりやすく徹底解説!

【日本史】歴史オタクが関ヶ原の戦いについてわかりやすく徹底解説!

日本史の中でも、大きな出来事である、関ヶ原の戦い。授業で学んだとしても、分かりづらい部分があったり、授業が退屈だったりして、うまく理解できていない方も少なくないのではないでしょうか。

実際、日本史は、とても面白い教科です。しかし、先生の教え方が自分に合っていなかったり、無機質な覚え方をしてしまっているため、退屈で、苦手な教科になってしまうと思います。

フリスクン

 小学生から日本の歴史が大好き。中学、高校では、日本史につまずいている友人に教えると、分かりやすいと友人間で評判に。実はこう見えて現在、大学生。大学では、歴史に基づいたビジネスを考えています。

私は、中高共に、日本史がとても得意でした。それは、授業に左右されない勉強の仕方をしていたからです。そのやり方を取っていたおかげで、日本史を面白く感じ、学ぶのが楽しくなっていたのです。

この記事では、「関ヶ原の戦い」についてざくっと知りたい方のためにここだけ覚えておけば大丈夫というポイントを徹底的に説明します。場所はどこなの?西軍・東軍の兵数は?布陣図は?なぜ小早川秀秋は裏切ったの?こうした疑問もこの記事で解決することでしょう。

最後に、チェックテストを用意しています。ぜひ挑戦してみて、関ヶ原の戦いをマスターしましょう!

ストーリーで学ぶ!関ヶ原の戦い

日本史を面白く学び、得意教科にする方法は、とにかく「ストーリーで学ぶ」ことです。

小説やアニメ、ドラマや漫画が好きな方も多いと思いますが、それはストーリーが面白いのです。アニメに多いのですが、主要なキャラのことをなかなか忘れないですよね。また、ストーリーなども、面白ければ、面白いほど、詳細まで覚えているはずです。

日本史も同じです。それぞれの人物を知り、物語のように学ぶことによって、忘れにくくなります。日本史は、小説やドラマだと思ってストーリーで学んでいきましょう!

それでは、関ヶ原の戦いのストーリーを詳しく解説していきます。

戦いのきっかけ

1598年、天下を統一していた豊臣秀吉(とよとみひでよし)が亡くなり、秀吉の息子である、豊臣秀頼(とよとみひでより)が、なんと幼稚園児ほどの若さで後を継ぎます。秀吉は生前、豊臣の天下を守るため、あらかじめ秀頼を補佐する体制を整えていました。

秀吉直属の五奉行(ごぶぎょう)と、権力の強い大名である、五大老(ごたいろう)を定め、力を借りようとしました。
もともと敵だった大名を利用するためにも、天下を統一していた権力を分散させて、重要なことは、会議を行ったりして決めていました。

しかし、秀吉がいなくなったことにより、天下のイスが空いています。五奉行、五大老で仲良く日本を守りましょうとはならないこの時代です。
1600年、五大老でTOPの権利を持つ、徳川家康(とくがわいえやす)と、五奉行の1人である、石田三成(いしだみつなり)が天下のイスをとるため、戦いを起こすことになります。

戦いの場所は?

関ヶ原の戦いと言いますから、もちろん、戦いの場所は関ヶ原です。

関ヶ原は、いまの岐阜県に当たります。関ヶ原町という地名があり、そこで合戦が行われました。今は、自然豊かな街で、初夏には、ホタルが見られ、観光地としても有名な場所になっています。

戦いの流れは?

関ヶ原の戦いは、天下分け目の戦いと言われるくらい、歴史上、とても重要な戦いです。そのため、全国の有力な大名が、大きく二つに分かれ、この戦いの後、政治の実権を誰が握るのか、誰が天下を統一するのかが決定する戦いでした。

家康側は、伊達政宗(だてまさむね)や、福島正則(ふくしままさのり)、黒田長政(くろだながまさ)を率いて三成を撃とうとします。
対する、三成側。毛利輝元(もうりてるもと)を始めとする大名たちを率いて家康を迎え撃ちます。

東軍、家康が率いるのは、約7万人。西軍、三成が率いるのは、約8万人。

9月15日の朝、両軍は戦いを始めます。
東軍は、かなりねばりますが、明らかに西軍の人数が多いため、戦いは西軍が有利になります。

このまま西軍の勝利かと思われたその時、決定的な異変が起こります。
小高い山に陣を張っていた西軍、小早川秀秋(こばやかわひであき)が1万5千人を超える軍勢を率いて西軍を攻め始めます。

実は、家康があらかじめ秀秋に裏切りを進めていました。秀秋は、それに賛同し、家康の発砲の合図で、動き出しました。
すると、他の西軍も裏切りをし始め(謀反)、形勢は逆転。

実は、西軍のほとんどは、三成に不満や、妬みを抱えていたのです。

脇坂安治(わきざかやすはる)、小川祐忠(おがわすけただ)、赤座直保(あかざなおやす)などなど、様々な大名が裏切ります。
西軍はこの形勢を覆す事ができずに、西軍が勝利して終わりました。

戦いの後は?

関ヶ原の戦いで勝利を収めた、徳川家康。
1603年この戦いをきっかけに、家康は征夷大将軍となり最も力のある大名になります。

家康は、江戸(今の東京)に幕府を開き江戸時代へと突入します。

ここだけ覚えれば大丈夫!関ヶ原のポイント

関ヶ原の戦いの一通りのストーリーは理解できたでしょうか。

ストーリーで詳しく知ったところで、どこを覚えればいいの?と思うかも知れません。
そこで、ここだけ理解、暗記しておけば大丈夫というポイントをここで解説したいと思います。

このパートを読み、理解して、テストなどに臨みましょう!

ひと目で分かる!関ヶ原の戦いの流れ

ここでは、ひと目でわかる関ヶ原の戦いの流れを説明します。
先程の解説を、簡略化したものです。ひと目見れば、流れが分かるようになっていますので、しっかりチェックして下さい。

秀吉の死→息子の秀頼が五奉行と五大老とともに、政治を動かす→天下のイスが空いている→五大老の家康と、五奉行の三成が、天下を狙う→関ヶ原の戦い勃発→三成側の秀秋、裏切る。→家康の勝利→江戸時代突入

この流れです。流れを覚えてしまえば、芋づる式で、学んだものが出てきます。ぜひ、これだけを覚えておいて下さい。

覚えておきたい、関ヶ原の戦いの年号と人名

ここでは、覚えておきたい、関ヶ原の戦いの年号と、人名について取り上げます。

なお、人名に関しては、漢字で覚えておくことをおすすめします。テストに出た時に、漢字で表記しなさいと出題される場合があります。ここで間違えてしまったり、覚えていなくて、書けないとなってしまうと、痛い減点になってしまいますので、注意してください。

年号;関ヶ原の戦いが起こった年号→1600年 ※これは、覚えやすいと思います。丁度いい数字ですね。

大切な人名

  • 豊臣秀頼(とよとみひでより)※「より」は、「頼」という漢字を書きます。
  • 徳川家康(とくがわいえやす)※やすの字が難しいと思います。しっかり確認しましょう。
  • 石田三成(いしだみつなり)※みつの部分を、「光」にしないよう、気をつけましょう。
  • 小早川秀秋(こばやかわひであき)※秀秋の「あき」を「明」に間違えやすいです。注意して下さい。

これから紹介するのは、上の人物よりかは、重要度は低いですが、覚えておいて損はない人物です。

  • 毛利輝元(もうりてるもと)※三成と共に戦った大名です。「輝」と書いて、「てる」と読みます。
  • 福島正則(ふくしままさのり)※家康と共に戦った大名です。「則る」と書いて、「のり」と読みます。
  • 黒田長政(くろだながまさ)※家康と共に戦った大名です。「長政」が間違えやすいので、気をつけましょう。

ここまでの人名をおさえておけば、大丈夫です。ストーリーとともに覚えておきましょう。

ストーリーの流れに沿うように人名を覚えていけば、すごく覚えやすいです。ぜひやってみて下さい。

最終チェック!関ヶ原の戦いチェックテスト

最後に、ここまで学んだ関ヶ原の戦いの確認をするため、テストをしてみましょう!
穴埋め形式になっていますので、自分がどれだけ理解しているか、チェックしてみて下さい。

(1)の死後、息子の(2)が後継者となる。そこで、(1)の部下を集めた(3)、各場所の、有力な大名を集めた、(4)を定め、会議を通して、政治を進めていた。しかし、天下の座を奪うため、(4)の代表的な大名(5)と、(3)の代表(6)は、(7)年、(8)にて、戦いを始める。(6)が優勢であったが、(9)が、(6)を裏切る。そこから形勢が逆転。(5)が勝利を収め、征夷大将軍に選ばれ、江戸に幕府を作り、江戸時代に突入する。

(1)豊臣秀吉(2)豊臣秀頼(3)五奉行(4)五大老(5)徳川家康(6)石田三成(7)1600(8)関ヶ原(9)小早川秀秋
いかがでしたか?全問正解できたでしょうか?

もしできないところがあったら、もう一度見返してみて、回答してみて下さい。

まとめ

今回は、関ヶ原の戦いについて、ご説明しました。
これを読んでいただいて、日本史を面白く感じてもらって、得意にしていただければと思います。

歴史は記号として学ぶのではなく、ストーリーで学ぶという根幹を理解していただければ、どの出来事でも、覚えやすいと思います。今回は、関ヶ原の戦いをとおしてご説明しましたが、応用は、いくらでも効きます。

関ヶ原の戦いは、これからの日本を決める、とても重要な戦いです。ぜひ、詳しく理解して、日本がどう進んでいくのか、楽しみながら学んでほしいと思います。

小早川秀秋は、石田三成に不満を覚え、裏切りをしました。
現代でも、裏切るという行為は多々ありますが、この裏切りは、日本を変えました。
このように、人の行動は、日本や、世界を変えることがあるのです。

日本史は、無機質に勉強するものでも無いですし、決して退屈なものでもありません。
これを読んでいただいて、「日本史って面白い!」「日本史って楽しい!」と思っていただければ、幸いです。

フリスクン