将来の医療や年金に不安を抱え、財政の健全化を図るべきとの声があります。
一方で、「債務が世界最高水準にありながら、財政破綻しない日本はMMTの正しさを示す見本だ」と主張するアメリカの経済学者がいます。多くの方が、MMTという単語を見聞きする機会はこのような文脈ではないでしょうか。
調べてる人
- 少し安堵しますが、それではMMTとは一体なんでしょうか?
- これまでの経済理論となにが違うのでしょうか?
- 大学や金融当局の「大御所」たちは、この理論をどう受け止めているのでしょうか?
MMTを知って間もないときにはこのようなことが気になるのではないでしょうか?
私もその1人でした。
長江天際
はたしてMMTは、アダムスミス、マルクス、ケインズに列する経済学の大理論でしょうか。はたまた、キワモノのトンデモ理論でしょうか。
サイト管理人:大山俊輔
この記事では、MMT理論について知りたい方向けに、経済などのバックグラウンドのない方でもなるべくわかりやすいようポイントを要約しました。まず、MMT理論とは何なのかを理解するとともに、その理論に賛同する人たち、そして、批判的なポジションの人たちについてもまとめることで、今後、MMTを政策として活用する可能性についてもまとめています。
なるべく、初心者も腑に落ちるようやさしく解説しますので最後までお読みください。
目次
MMT理論とは何か
MMTとは、“Modern Monetary Theory”の略で、「現代貨幣理論」と訳されます。
一般的には、「通貨発行権をもつ国は、自国通貨を自由に発行できるので、政府債務のデフォルト(不履行)は起こらない」というエッセンスがニュースなどでは批判の対象となるべく持ち出されているようです。
- 「財政赤字や国債残高を気にする必要はない」
- 「税収ではなく、インフレ率によって財政支出を調整すべき」
- 「景気安定や国民生活向上に必要ならば、さらに債務を増やして財政支出すべき」
一見、ケインズ理論、あるいは、インフレ率を重視(イールドカーブ・コントロール)するリフレ派と似ていると思った方もいるかもしれませんが、それはMMTの政策的応用の部分が似ているからだと言えるでしょう。MMTは、「こうしろ」という政策論の経済学というよりは、「貨幣」の視点から経済を見ている純粋理論だといえます。
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MMTの大前提は、政府が独自に通貨を発行している国です。
政府債務が自国通貨建てであれば、理論的にはどれだけ債務が増加しても中央銀行によって償還できるのでデフォルトは起こりません。
この仕組みがあれば、市場の信認は万全で、債務が増えても信用不安につながらないというわけです。
したがって政府の財政政策は、税収や債務残高にとらわれることなく、国民経済の安定や向上といった政策目標の達成のため行われるべきと主張します。
そして財政の運営目標は、収支均衡ではなく、インフレ率を基準にすべきと主張します。
このあたりの政策的応用はリフレ派とも似ていますが、政策依拠する背景は異なります。
MMTの理論のベースはどこにあるのか:通貨の裏付け
それではMMTの理論のベースはどこにあるのでしょうか
「日本円、米ドルなどの通貨は、金などの価値の裏付けがないのに何故流通するのか」という貨幣論からはじまります。
これまでの主流派経済学は、「誰もが価値を認め、受け取ってくれるからだ」と説明します。
MMTはそうではないといいます。
MMTは、「通貨は納税に必要だから通用するのだ」と説明します。
1万円紙幣は、1万円の買い物ができるから1万円の価値があるのでなく、納税時に政府が1万円として受け取ってくれるからそれだけの価値があるというのです。
MMTの理論のベースはどこにあるのか:通貨はどのように生まれるか
つぎに「通貨はどのように生まれるか」を考えます。
政府が国債を発行し財政支出を行う場合、公共投資であれば代金は建設工事を行う企業の銀行口座に入ります。
年金であれば、年金受給者の銀行口座に振り込まれます。
つまり財政支出の結果、企業や家計に銀行預金という通貨が生まれるわけです。
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つまり、現代貨幣(預金通貨)は財政支出によって「無から有」を生み出しているといえます。
こうした流れを「信用創造」といいます。そして、信用創造があることから、自国通貨建てで国債を発行する政府は税収などの原資に制約されずに、インフレ率の許す範囲で財政支出ができるという結論に帰結するのです。
MMTが示す財政スタンス
そしてMMTを唱える人たちは、つぎのように財政政策を提案しています。
- 政府は財政政策で雇用を保証し、完全雇用を目指す。
- 財政法案にインフレ時の歳出抑制策を入れて、インフレを防ぐ。
誤解してならないのは、「政府は支出する能力があるからといって、無分別に支出してよい」と言っているわけではありません。
インフレ懸念、通貨の信認、政府能力、民間への影響などの弊害を慎重に論じるべきと言っています。
MMTは、財政の健全性を均衡財政や債務のGDP比率などで機械的に測るのは不適切だとしています。
それよりも、完全雇用や社会保障などの政策目標を達成するために、必要ならば支出すべきと主張しているのです。
MMTはどこから生まれたのか
MMTが注目を集めたのはアメリカでの論争です。
多くの人が名前を知らなかったため、ぽっと出のトンデモ理論のように考える人も多いようですが、決してそうではありません。
しかし、MMTそのものは、財政政策の有効性の再評価についてはケインズ、アバ・ラーナーの機能財政アプローチを引き継ぐと同時に、ハイマン・ミンスキーの金融不安定化仮設などの理論を組み込むなど、脈々と過去の経済学の知見を組み込んだ理論だと言えるでしょう。
MMTの提唱者たち
アレクサンドリア・オカシオ=コルテス議員
それではMMTはどこから生まれたのでしょうか。
MMTの考え方は1990年代からはじまりました。
2019年3月アメリカの債務上限を巡っての政策論争で、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス議員がMMTを上限引上げの理論根拠としたため一気に注目されるようになりました。
コルテス議員は2018年11月28才で下院議員に当選し、女性として史上最年少の下院議員となったことでも知られます。
MMTの主唱者、ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授は日本の経済政策についてしばしば言及し、日本でMMTが知られる一因となりました。
彼女はつぎのように述べています。
「(日本が)失われた20年と呼ばれる状態に陥ったのは、インフレーションを恐れていたことが原因である。デフレ脱却には財政支出の拡大が必要である」
また最近の日本の財政状況について、「債務が世界最高水準にありながら、財政破綻しない日本はMMTの正しさを実証した」と発言しています。
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均衡財政への懐疑から生まれたMMT
MMTが提唱され一定の支持を得るようになった社会背景は、どこにあるでしょうか。
1970年代ころから、先進国では債務拡大を悪いものとし、均衡財政を志向する動きが強くなりました。
均衡財政とは、「国債発行の増加や政府債務の拡大は望ましくない。政府は税収の範囲内で支出すべき」というものです。
しかし2000年代の世界経済は低調で、均衡財政への懐疑が鬱積するようになりました。
またリーマン・ショックで、民間債務拡大に力点をおいた政策のリスクが浮かび上がったのです。
主流派経済学は、政府債務の増大は金利上昇やインフレを招くと主張してきました。
しかし現実は、先進諸国の債務が膨らみ続けるのに金利上昇も高いインフレも起こりません。
こうしたことはMMT提唱者たちを勇気づけ、理論の正しさと有効性を示すものと主張しています。
金融政策の限界とMMT
MMTが注目される背景として、金融政策が限界にきているという認識があります。
金融政策は短期金利を上下させることで、景気調整を図ってきました。
こうした伝統的な政策に加えて、最近の日本は金利をゼロ近辺に下げて、さらに量的緩和策をとっています。
それでも経済は思うように浮上しません。
史上例のない金融緩和を行っても消費は拡大せず、国民は経済的恩恵を感じません。
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そこから必然的に導かれるのは、財政支出の拡大です。
つまり、金融政策と財政政策を同調させる運用です。
アベノミクスは、「大胆な金融緩和」と「機動的な財政政策」をとってきました。
金利をゼロ近辺に固定して、財政政策の調整でインフレを抑えながら完全雇用を達成しようというものです。
これは、MMTの考え方そのものなのですが、惜しいかな、アベノミクスでは財政政策を増やしたのは第二次安倍内閣1年目となる2013年のみであり、その後はプライマリーバランスに基づく緊縮的な財政政策でありました。
つまり、金融政策一本槍で臨んでしまったのです。
MMTへの批判
主流派の大御所たちは総じてブーイング
それでは学界の主流派や財政・金融当局の大御所たちはMMTをどのように見ているでしょうか。
ノーベル経済学賞学者ポール・クルーグマン、ハーバード大学教授ケネス・ロゴフなど主流派経済学の大物は、MMTに反発し「経済理論とすら呼べない」とこき下ろしています。
またサマーズ元財務長官、ジェローム・パウエルFRB議長など政策当局の第一人者たちも、MMTを厳しく攻撃しています。
「財政赤字が積もり政府債務が拡大すれば、通貨の信頼は失墜する。通貨は暴落し、国債の信用が失われ金利は上昇する。それらは高いインフレを招く」という見解です。
こういった批判のほかにも、MMTにはいくつかの批判があります。
MMTへの批判:世界経済の混乱
MMTは財政規律をインフレ率基準に切り換えるというものです。
アメリカでインフレが起きた場合、インフレ抑制のため米ドルの金利上昇や利上げが起こります。
すると米ドルを借りている(米ドル建て国債などを発行している)新興国などに大きな打撃を与えます。
米ドルは基軸通貨であるため、新興国を中心に世界経済に深刻な混乱を与えかねません。
MMTへの批判:いったん信頼を失うと混乱を止められない
MMTはインフレが限度を超えたら抑えるという主張です。
具体的には、「財政法案にインフレ時の歳出抑制策を入れてインフレを防ぐ」という政策提案をしています。
しかし、そんな単純なルールで安心できるのかという批判があります。
現在の経済はグローバル化しています。
なにかのきっかけで財政規律や中央銀行への信頼が失われると、通貨の急激な下落や輸入物価の高騰を招きかねません。
きっかけは、貿易収支の大きな赤字とか、経済的な結びつきの強い他国の財政破綻とかいくらでもありえます。
高いインフレが発生し経済が大混乱すると、その急激な流れは止めようとしても止められなくなります。
長江天際
MMTへの批判:重要なのは市場参加者の信認
MMTは「市場」や「価格メカニズム」が欠落しているとよく言われます。
さきほど、国債を発行し財政支出することで通貨が創造され、「無から有が生まれる」と説明しました。
国債の発行市場では、銀行や証券会社が入札に参加します。
その背後には国債を売買する流通市場があり、多くの参加者がいます。
これら参加者が国債をどう評価するかが重要です。
MMTの理論が「国債はいくらでも発行できる」と主張しても、参加者が国債への信認を失えばMMTは空論になるだけです。
外国為替市場も同じで、市場参加者が日本円への信認を失えば急速に円安が進み、輸入インフレが進みます。
MMTの先を行く人達からの批判
また、MMTは上記青木教授の指摘通り純粋理論です。
あくまでも、現代の不換紙幣を発行する社会の中で自国通貨建てで国債を発行し、供給体制が充実している日本やアメリカ、あるいは、ブレグジット後のイギリスのような国での政策論として財政政策の拡大などの議論とセットで使われています。
ただ、一つ大きな問題があります。
現代の不換紙幣の増加(マネーストックの増加)が意味することは誰かが借入を民間銀行から行う行為を通じてなされています。
つまり、財政政策にせよ、民間経済の活性化にせよマネーストックが増えていくためには誰かが借入を永遠にし続ける必要があることを会計的に解説したのがMMTと言えます。ただし、借入には利息がついてきます。つまり、「借りたお金+利息分」以上のお金を返済までに誰かが借りなければマネーストックは減ってしまうラットレースをしていると言えるでしょう。
こうした借入を通じて発行される預金通貨はネガティブマネーと言われます。MMTはあくまでも純粋理論ですので現在の枠組みでの最適解は提示しますが、本質的な問題を解決することを目指した理論ではありません。
そこで、より本質的な解決策として、利息が付きまとわないマネー、つまり、ポジティブマネーを発行すべきであるという議論がでてきます。いわゆる政府紙幣などの議論はこの枠組の中にあるといえるでしょう。
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MMTを理解するのにおすすめの書籍
MMTは「通貨発行権をもつ国は、自国通貨を自由に発行できるので、政府債務のデフォルトは起こらない」と説きます。「財政赤字や国債残高を気にする必要はなく、景気安定や国民生活向上に必要ならば、インフレ率の許す範囲で債務を増やして財政支出すべき」と主張しています。
そして「債務が世界最高水準にありながら、財政破綻しない日本はMMTの正しさを示す見本だ」とも言われます。
日本の政府債務はすでにGDPの2倍を超えています。
2021年度以降、新型コロナ感染症で傷んだ国民経済の回復のため、さらに赤字国債が発行され財政支出が行われようとしています。
日本の政策は実態としてMMTそのものといってもおかしくありません。
しかし政策当局が意図しているわけでなく、均衡財政が健全な財政であるという考えは変えていません。
均衡財政を目指しながら、実態はMMTを受け入れているように見えます。
MMT批判者が言うように、もし日本がハイパーインフレに襲われたら、私たちの生活は壊滅的な打撃を受けるでしょう。
日本は世界の最貧国に落ちぶれます。
サイト管理人:大山俊輔
長江天際
MMTは自分に無縁な学問としての経済理論と片付けてはなりません。
賛否どちらの立場に立つにせよ、その内容はよく理解しておく必要があるのです。
最後に、MMTをより深く理解するために3冊の書籍を紹介します。
その1「知識0からわかるMMT入門」
三橋貴明(著)経営科学出版
日本の事例を引いて、MMTをわかりやすく解説する入門書です。
サイト管理人:大山俊輔
その2「MMT現代貨幣理論入門」
L.ランダル・レイ(著)東洋経済新報社
MMTの第一人者と言われるランダル・レイの著作の日本語翻訳版です。
MMTのバイブルと呼ばれる基本書ですので、本格的に勉強したい人向けです。
その3「MMTが日本を救う」
森永 康平 (著)
あの森永卓郎の息子さんですがエコノミスト、経営者として活躍されています。
上記、三橋貴明さんの書と同じくこれからMMTを理解する人にオススメです。
その4「富国と強兵」
中野剛志(著)
事実上、日本にMMTを紹介した人ですが、本書では1章をMMTに割いています。
日本人が貨幣観を正しく持たない限りは、デフレ脱却も富国もできないと解く政策論としてMMTを引用した本です。
その3「MMTは何が間違いなのか?」
ジェラルド・エプシュタイン(著)東洋経済新報社
書名から分かるとおり、MMTに批判的な立場からの著作です。
この本に対する評価は真二つに割れています。この本から読むのではなく、自分なりにMMTの基礎知識をもったうえで読むとよいでしょう。
まとめ
いかがでしたか?
MMTはポット出の胡散臭い理論というメディアのイメージ操作もあり、ネガティブな印象からスタートしている方も多いと思いますが、実はMMTは単純に貨幣創造を複式簿記で説明した純粋理論であると理解できるでしょう。
ケインズ派、リフレ派などなど、いろいろな立ち位置の経済学者がいますがMMTそのものには本来色がない貨幣発行の解説ですので、まずは、簿記的な視点からMMTを見てみると面白いと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
長江天際&大山俊輔