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『アド・アストラ ―スキピオとハンニバル』(漫画)は歴史好き・第二次ポエニ戦争を知るのにオススメの漫画

アド・アストラ - スキピオとハンニバル

『アド・アストラ ―スキピオとハンニバル』という漫画をご存知でしょうか。
漫画の中には歴史を題材としたものが数多くあります。

しかし、その多くは戦国時代、三国志、そして第二次世界大戦といった日本人にも馴染みの深い時代のものがほとんどです。

その中でこの『アド・アストラ ―スキピオとハンニバル』は舞台は古代地中海世界。
ヨーロッパ側の新興国ローマ(共和制ローマ)と北アフリカのチャンピオン、カルタゴがその覇権を巡り2度に渡る死闘を繰り広げました。

大山俊輔

本業は会社経営者。世界史オタクで時々世界に関わる寄稿をしています。なかでも、ポエニ戦争は大好きなネタの一つ。

『アド・アストラ』はその中でも名高い第二次ポエニ戦争を題材にした漫画です。
主人公は、ハンニバル・バルカというカルタゴの天才将軍と、その好敵手となったローマの若き名将スキピオ(後に、スキピオ・アフリカヌス)を中心に繰り広げられる戦争と人間物語を描いた漫画です。

ポエニ戦争、ハンニバル・バルカについてより詳しく知りたい方はこちらのページもお読みください。
ハンニバルのアルプス超えハンニバル・バルカという男 – 自分のロールモデル(その1) ハンニバルのアルプス超えハンニバルを尊敬するとともに、反面教師とする理由 – 自分のロールモデル(その2)

ポエニ戦争とは

第二次ポエニ戦争の地図
第二次ポエニ戦争の地図

それでは、漫画の紹介に入る前に時代背景だけ理解しておきましょう。

紀元前3世紀、地中海世界(西地中海)には2つの大国が存在しました。
1つがヨーロッパ側でイタリア半島の統一戦争により急速に国力を整えたローマ。当時は帝国ではなく共和制時代です。

もう1つが北アフリカ(現チュニジア近辺)カルタゴです。ちなみに、「ポエニ」とはラテン語でフェニキア人のことを意味します。古代シリア近辺にいた海洋商業民族だったフェニキア人が植民した都市カルタゴを拠点に発展した国家がカルタゴだったのです。

残念ながら両国にとって地中海は狭すぎました。
ポエニ戦争とは、この両国が地中海(西地中海)の覇権をめぐり3度に渡って行われた戦争のことです。

第一次ポエニ戦争

B.C.264〜B.C.241年の闘いです。

第一次では、シチリア島が主たる戦場となります。この戦いでは、主人公の一人ハンニバルの父ハミルカル・バルカの活躍も虚しくローマが勝利し、シチリアはローマの属州となります。

第二次ポエニ戦争

ハンニバルのアルプス越え
ハンニバルのアルプス越え

シチリアを失ったカルタゴは、戦後の傭兵の反乱により更にサルディーニャ島とコルシカ島を失います。

こうして、北アフリカに閉じ込められたカルタゴは活路をイベリア半島に見出します。ハミルカルは見事にイベリアを占領、開拓しカルタゴにとって重要な植民地としました。この回復した国力を持ってハミルカルの息子、ハンニバル・バルカがすすめた戦争が第二次ポエニ戦争です。

多くの方が「ポエニ戦争」というときには主にこの第二次ポエニ戦争を指します。

ハンニバルはローマも予期せぬアルプス越えルートにより北イタリアに侵入。現地の反ローマのガリア人を糾合しつつ勢力を拡大。
以下の3つの戦いでローマを撃破します。

ティキヌスの戦い(B.C.218年)
プブリウス・コルネリウス・スキピオ(スキピオの父)を撃破トレビアの戦い(B.C.218年)

ピアチェンツァ郊外でローマ軍を撃破
これにより、ガリア人はカルタゴ軍に合流し一気に勢力が拡大。トラシメヌス湖畔の戦い(B.C.217年)
ガイウス・フラミニウス率いるローマ軍を再び撃破

そして、これで亡国の危機にたったローマはついに8万人近い(これは当時のイタリア半島の人口を考えるとすごい数)兵士を動員し、一気呵成に反撃に出ます。

これが有名な、カンナエの戦い(B.C.216年)です。

対するハンニバル率いるカルタゴ軍5万人。
しかし、ハンニバルはその後2000年以上に渡り各国の軍人の間で語り継がれる用兵術により、少数の兵でローマ軍を包囲殲滅します。

ここで戦争が終わらないのが面白いところ。

全軍が壊滅したローマは滅びず、粘り強く徐々に反撃。ハンニバルはイタリア半島南端に閉じ込められます。そして、ローマでは若手将軍が台頭する中、最も敵将たるハンニバルから多くを学んだスキピオがハンニバルの拠点であったヒスパニア(スペイン)を奪うなど徐々にローマ優勢に。

最後に、ローマはカルタゴ本国に侵攻。
イタリアの占領地を放棄し呼び寄せられたハンニバルとスキピオはザマの戦いで対峙。
こうして、第二次ポエニ戦争もローマの勝利で幕を閉じます。

第三次ポエニ戦争

ここは漫画では描かれてはいませんが、その後の物語です。

カルタゴはローマと和平を結び膨大な賠償金を背負うことになります。しかし、本国に帰還したハンニバルは国政改革に着手しカルタゴは海外領土を失ったにもかかわらず、国力を一気に回復。50年かかると言われた支払いをわずか10年でやってのけます。

こうしたカルタゴの急速な国力の回復にローマは危機感をつのらせます。
有名なローマの政治家、マルクス・カトー(大カト)は常にどんな演説であっても締めの言葉は、

大カト

大カト
「ところで、カルタゴは滅ぼされなければならない (Carthago delenda est) 」

と言ったそうです。
いかに、ローマがカルタゴの復興を恐れていたかです。

こうして、行われたのが第三次ポエニ戦争。

カルタゴは数年に渡りローマを苦しめますが最終的には滅亡。
カルタゴの街には塩が撒かれて街は地上から消失しました。こうして、カルタゴはローマの属領となります。

ちなみに1985年にチュニジアは「建国2800年展」を開催しました。その際に、ローマ市とカルタゴ市が2131年ぶりに平和条約を締結したことで話題になったそうです。なんと、気の長い話ですね(笑)

『アド・アストラ ―スキピオとハンニバル』のあらすじ

漫画アド・アストラではまさにこの第二次ポエニ戦争を舞台としたカガノミハチさん原作の漫画です。

漫画の副題が、『スキピオとハンニバル』と言うだけあってこの二人の天才を中心に、ローマ、カルタゴ両陣営の人間ドラマを描きます。ちなみに、私はこの作品の終了直前にカガノミハチ先生に熱いお手紙を送りました(笑)。

アド・アストラはカガノ先生にとっては、初の連載作品。
『ウルトラジャンプ』(集英社)において2011年4月号から2018年2月号まで連載されました。

アド・アストラの意味

なお、漫画のタイトルとなる「アド・アストラ」とは、ラテン語で、

per aspera ad astra

翻訳すると、「困難を克服して栄光を掴む」という意味です。
まさに、ハンニバルという災難を乗り越えて更にパワーアップしていくローマ人の物語でもあります。

物語は、概ね実際の第二次ポエニ戦争時の実在の登場人物が出てきます。

ローマ側の主要登場人物

スキピオ・アフリカヌス

アド・アストラのスキピオ
この漫画の主人公の一人。
プブリウス・コルネリウス・スキピオの子として名門パトリキのスキピオ家に生まれます。

ポエニ戦争初期ローマはハンニバルの用兵術に苦しめられ亡国の危機に立ちますがこの頃からスキピオが台頭。
ハンニバルの本拠地であるヒスパニア(今のスペイン)を占領し、最終的にはザマの戦いでカルタゴ軍を撃破して長い戦争を終えることに貢献します。

漫画では金髪ロン毛で描かれてますが実際当時のローマ人は黒髪の短身(地中海世界の人はガリア人やノルマン人と比べると背が低い)だったので、このあたりはあえて漫画として描かれているのでしょう。

ちなみに、今のイタリア国家マメーリの賛歌でも、

l’Italia s’è desta (イタリアは目覚めた)
dell’elmo di Scipio (スキピオの兜を)
s’è cinta la testa. (その頭上に被りて。)

という一節があります。
いかに、スキピオがイタリア人の尊敬を集めているかがわかります。
(どうでもいい話ですが、ここを歌いたいがばかりに私はイタリア国歌歌えます(笑))

ガイウス・ラエリウス

ガイウス・ラエリウス

実在人物ですが、この漫画ではコメディキャラ。
出身はプレブス(平民)でしたが、幼き頃からスキピオの友人として苦難をともにしザマの戦いではローマ騎兵を率いて勝利に貢献しました。

クィントゥス・ファビウス・マクシムス

クィントゥス・ファビウス・マクシムス
「クンクタートル」(のろま)のニックネームで有名なローマの政治家。
独裁官に任命され、ハンニバルを焦土作戦で苦しめます。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの母体となったフェビアン協会はこの「ファビウス」ののろまさをあえて前向きな漸次的改革運動になぞらえました。
この「のろま」というのは、感情に走らず長期的な目的を達成するための手段なのです。

マルクス・クラウディウス・マルケルス

アド・アストラ、マルケルス

ローマ軍人の最高勲章である「スポリア・オピマ」を持つ男で中盤の主要人物。
カンナエの戦いで意気消沈するローマにシチリア奪還などの勝利をもたらしますが、最後はハンニバルの策略にはまり戦死します。

カルタゴ側の主要登場人物

ハンニバル・バルカ

アド・アストラのハンニバル
この漫画のもうひとりの主人公。
私はハンニバル大好きで、この漫画に出てくるハンニバルの髪型に憧れてロン毛に切り替えました(笑)。
(実際のハンニバルの肖像画は短髪です)

この時代の軍人の中での用兵術はおそらく最高の方でしょう。

後世の多くの包囲殲滅戦は、ハンニバルのカンナエの戦いでの布陣が参照されています。
有名どころでは、ナポレオンから湾岸戦争時の多国籍軍司令官ノーマン・シュワルツコフ将軍もカンナエを研究していたそうです。
一説では日露戦争の奉天会戦の包囲戦もカンナエを参照したとも言われています。

しかし、兵力の劣る傭兵主体の統率の難しい軍隊が規律あふれる倍近い兵をほぼ完全に包囲殲滅したのは、今も昔もこのカンナエの戦いのみです。

マゴ・バルカ

アド・アストラ、マゴ・バルカ

ハンニバルの弟であり頼れる武将。
トレビアの戦い、カンナエの戦いなどの戦勝に貢献します。

漫画では天才の兄に対してはじめは頼れない弟という設定ですが徐々に成長していく姿が描かれています。

マハルバル

マハルバル
ハンニバルのもとで騎兵を率いる。
ハンニバル軍の勝利に大きな貢献をしたが、カンナエ以降ハンニバルと不仲になります。

下記の言葉は非常に有名です。

Vincere scis, Hannibal; victoria uti nescis
「ハンニバル、あなたは戦争に勝つ術を知っていても、勝利を活かす術は知らない」

マシニッサ

アド・アストラ、マシニッサ
東ヌミディアの王子。地中海世界一の操馬術を誇るヌミディア騎兵を統率し、「ヌミディアの砂嵐」の異名を取る。
当初、カルタゴ軍に属し、イベリア防衛にあたるがローマに降伏。

ローマの後見を得てヌミディア王となり、ザマの戦いでもローマ軍の勝利に貢献します。

その他登場人物

アルキメデス

アド・アストラ、アルキメデス
言わずとしれた古代ギリシャ世界の偉大なる科学者。
厳密には、ギリシャ植民都市の一つシラクサ(シチリア島)の人です。

アルキメデスの定理はじめ数多くの発見・発明を行いました。
実は、この第二次ポエニ戦争の時代の方で、カンナエの戦い後、カルタゴ側にシラクサの街が加担したことで戦争に巻き込まれそして亡くなられました。
アド・アストラでは可愛らしいおじいさんとして描かれています。

『アド・アストラ』の漫画から学ぶことと見どころ

この漫画には大きな教訓があります。
それは、

「戦術的な勝利だけでは戦争には勝てない」
「最後は国力がモノを言う」

ということです。

天才的軍人であるハンニバルに率いられるカルタゴ軍は何度とローマ軍を壊滅させてきました。一方、ローマは敗北から学び国力を高めて最終的にはハンニバルを破るのです。
この戦いは、カルタゴ側を日本、ローマ側をアメリカとして見てみると第二次世界大戦と重ね合わせて見ていくことができます。

あるいは、何度と項羽との戦闘に負けて最後の垓下の一勝で天下を統一した劉邦と重ねることも出来るかもしれません。

ローマが勝利した理由

では、ここで私達がローマの勝利から学べることとはなにでしょうか?

ローマの不屈の精神

まずは、精神面です。
気合と根性は私も嫌いですが、やっぱり、いざというときは重要な側面です。

それを国家単位で行えたローマという国。
今のイタリアを見ていると想像がつかないですが(笑)、かつての共和政ローマは貴族も平民も参政権とひきかえに国を守ってきました。
その代表例が、ファビウスの採用した焦土作戦です。

ファビウスの焦土作戦
国を焦土にしてでも外敵を打ち破る。
世界史で、徹底した焦土作戦を採用した国はこのときのローマとナポレオン戦争・独ソ戦のときのロシア(ソ連)くらいではないでしょうか。

普通に考えてカンナエの敗戦で事実上ローマ軍は一時的に壊滅しています。
ここで、ローマ人がヘタレでしたらハンニバルが何をすることがなくとも降伏したことでしょう。

が、歴史はその逆でした。

未成年兵から囚人まで兵士に動員して徹底抗戦をしました。
カンナエの壊滅でローマ人は学びそして成長しカルタゴを打ち破り地中海帝国をつくりあげるのです。

よどみなく出てくる優秀な人材と国力

ハンニバルの総括
次に人材と国力です。
この共和制時代のローマからは実に多くの優秀な軍人、政治家が輩出されました。
カンナエの戦いでは、ローマの元老院議員の1/4が戦士という目を覆うような敗北でした。

ローマの面白いのは、このような大敗北を喫した責任者のガイウス・テレンティウス・ウァロですら、許されて次の活躍の場を与えたことです。さらに、この頃からスキピオ・アフリカヌスはじめ若手の優秀な軍人が台頭します。

一方で、カルタゴは常に本国であるカルタゴとイベリア半島植民地母体のハンニバル軍の間では連携が取られませんでした。

また、敗戦した将に対しての賞罰が厳しく、人材の新陳代謝は進みませんでした。軍勢の多くがローマのような市民兵ではなく傭兵であるため、ちょっとしたキッカケで離合集散が行われてしまいます。このような雑多な多国籍軍を20年近く率いて敵国内で戦ったハンニバルはやはり只者ではありません。

しかし、世代交代が進まなかったことは致命的です。
結果として、カンナエ後、戦争の長期化が進むに従い兵士も将たちも高齢化した中でザマの戦いを迎えることになります。

ハンニバル・バルカの凄さと限界

ハンニバル・バルカという人は、世界史的に見てもまれに見る天才軍人です。
三国志で言うと、曹操と諸葛亮がくっついたような人です。

その用兵術は戦場では、彼以降の時代の誰にも勝るものでした。
しかし、一方で、戦局判断では致命的なミスを犯しています。

その代表がカンナエの戦いの後に余勢を駆ってローマに侵攻しなかったことです。
その理由は、満足行く攻城兵器がないからということと、占領後の統治に現地で糾合したガリア人を使うと占領地の人民の協力を得る自信がなかったからでしょう。

ハンニバルとマハルバル

一方で、ハンニバルの側近の一人であったマハルバルはここで一気呵成に攻めるべきだと主張します。
その主張に首を傾けてくれないハンニバルに対して、マハルバルはこう言います。

「ハンニバル、あなたは戦争に勝つ術を知っていても、勝利を活かす術は知らない」

ときには、大きな高転びのリスクを取ってでもやるべきタイミングというものが、戦争だけでなく人生でもありますよね。
そのタイミングを逃してしまったというところが、天才戦術家であったハンニバルが超えられなかった壁なのではないでしょうか。

スキピオとハンニバルの会見

スキピオとハンニバルの会見

第二次ポエニ戦争には3つの見どころがあります。

① ハンニバル軍のアルプス超え
② カンナエの戦い
③ ザマの戦い

この中で、戦争最終局面での見どころがザマの戦い。
実はハンニバルとスキピオの両雄は会戦の前に単独会見していると言われています。

漫画でもこのシーンは再現されていますが上記のスキピオはこう言います。

「あなたのことを知れば知る程、学べば学ぶ程」
「私はあなたを師として敬愛するようになりました」

このセリフはお互い敵として出会い戦うことになった両雄の複雑な心境を見事に描いていると思います。
このような人間関係の複雑な描写が見れるのもこの漫画の素晴らしいところです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

世界史を学ぶ方にとって、ギリシャ史、ローマ史などの地中海史の中でもポエニ戦争はローマの帝国化前の一大イベントの一つです。しかし、その詳細を知る人は少ないのではないでしょうか。

『アド・アストラ ―スキピオとハンニバル』はこの戦争を漫画で一気に理解できるというなんとも贅沢な一作です。カガノミハチ先生、ありがとうございます。