大山俊輔ブログ ー 脳科学による習慣ハック・歴史・経済のサイト

昭和史の『失敗の本質』と今回のコロナ騒動

大山俊輔

今日は昭和史とコロナ騒動につきまして。

さて、当社でも4月6日からの長い休業がまもなく終わります。
スタッフは長い夏休み状態でした。どんな人間もこれだけ長い休業ですとダレるものです。
私も仕事はずっとしてましたが、ストレスと自宅での過食でかなり太りました(笑)。

皆も無事社会復帰してくれるか、少々、心配でもあります。

さて、こうして世の中が再稼働し始めますと、そろそろ頭の整理が必要な時期になります。このコロナ騒動も完全収束からは遠いものの少しずつこの大騒ぎが何だったのかという総括は始めても良い時期なのではないでしょうか?

多くの識者はこのウィルスとの戦いを前代未聞の事態と位置づけ永田町の政治家、霞が関の官僚機構、そして、自治体の首長がキテレツなことをしてきました。私も4月くらいまではこのキテレツと付き合ってました。

しかし、そろそろ、この単純な脳筋反射は我々日本民族として大いに反省する時期に差し掛かっている気がしています。私自身、

「こりゃ、近衛内閣だわ」

とか、

「対米開戦目前の東條内閣状態」

なんて冗談でいってましたが、2月のダイヤモンド・プリンセス事件からこの5月末までの4ヶ月はまさに敗戦に至る昭和史を凝縮して早送り再生で見ているが如しの気持ちでした。まさに、明治後期以降の日本史を見ていると我々日本人の「歴史に学ばなさ」というか「反復性」というものを今回の騒動を見ていても感じざるを得ません

コロナ騒動初期にこんなエントリを書いてましたが意外とあたってるかな、という感じです。
ウィルスよりさらに怖い – バシー海峡、消費増税、コロナウィルスに共通する日本病

まだ、状況は変わるかもしれませんが6月に入ると私も本業で忙しくなると思うので今の状況をベースで頭を整理しておこうと思います。

安倍総理の近衛文麿に共通すること

安倍総理を見ていると今回はブレにブレました。時系列で振り返ると分かりやすいですが、

・ ギリギリまで中国・習近平に気兼ねして入国制限を取るのが遅れた
・ 本来なら船籍のあるイギリスかアメリカに押し付けて良いダイヤモンド・プリンセスの対応も引き受けたのにあえて日本で面倒を見る(乗客にとってはよかった)
・ 謎のお肉券・お魚券事件
・ 定額給付30万から10万事件
・ アベノマスク
・ 遅れに遅れる企業支援

いろいろありますよ。

こうして場当たり的、グランドデザインがなくインクリメンタル(積み上げ的)に意思決定をしていく日本史の大先輩というと私が思い出すのはやはり近衛文麿首相です。

近衛文麿

先の大戦のすべての汚名は開戦を実行した東条英機ということになっていますが、彼はどちらかというと状況がどうしようもなくなってバトンタッチを受けています。その前のお膳立てをしたのは近衛さんです。自覚はなかったと思いますが(笑)。

近衛といえば、日中戦争をグダグダ続け相手であるはずのの蒋介石政権を、

「国民政府を対手にせず」

と交渉相手にしなくなってしまって「和平」か「不拡大」か「拡大支持」どっちつかずのまま事態を悪化させて都合が悪くなると引きこもってしまう。従来の米英などとの協調路線を軽視し、日独伊三国同盟を締結し戦後の汚名を日本が背負うきっかけを作ってしまうあたりのセンスのなさ。

こうして書くと悪人のようですが、至って本人はおぼっちゃんで人当たりも良い人。

ですが、本人に確固たる信念がないことが不幸でした。昭和研究会には風見章、尾崎秀実などソ連のスパイのような人もいましたし、常に周囲には変な人間の跳梁跋扈を許してしまい、こうした人間に振り回され政策が迷走する。

このあたりは、官邸官僚に乗っ取られてアベノマスクや勝手な星野源とのコラボなどをやってしまう今の安倍総理と重ね合わせてしまうところがあります。

迷走に迷走を重ねた近衛は最後は、

「私は戦争には自信がない」

とここで、ちゃぶ台返し。そして、東條英機陸相に丸投げして自身は総辞職。

日本は明治の米英協調路線による、五大国の一員、世界秩序の構成者としての地位からあっという間に敗戦国で戦争犯罪者という烙印を押されるまで落ちぶれることとなります。これ、ホントありえないくらいの転落ですよ。世界史の奇跡とも言われた、明治の元勲たちの努力を300万余柱の尊い命とともにあっという間にぶっ壊しました。

今、コロナの状況が落ち着く中で安倍首相はじめ現政権は再び習近平さんを国賓で招く話をしています。今回のコロナでのダメージの大きい欧米諸国は、震源地で情報開示をギリギリまで行わなかった中国政府に対して厳しい視線を注いでいます。

ここで、経団連など小童の目先の話を聞いて習近平さんを国賓で招けば、かつての日独伊三国同盟を締結してしまったセンスのない外交と同じことを繰り返してしまうことになりかねません。

同じことは、風見鶏で自分の人気取りと選挙のことしか考えない(風に少なくとも私には見える)小池百合子都知事にも言えます。
東京都の休業緩和のロードマップ 東京都の”謎”「デス」ロードマップと日本国民が今考えるべきこと(豊洲の再来はイヤ!)

お役所仕事で戦いつづけてしまった

そして、もう一つの昭和以降の日本の特徴といえば何事もお役所仕事で対処。
非常時も、平時の対応で役所仕事を繰り返すことです。

私もあれだけ政府や東京都が8割接触を削減なんて言ってるので流石に役所もこんな時くらいは手続きは簡略化してくれると思いましたよ。

もちろん、そういうものもありましたが、借り入れに必要な納税証明書から登記簿謄本、印鑑証明まで取りに行く税務署、法務局どこに行っても大混雑。東京都のテレワーク助成金の申請に至っては、渋谷の区役所、法務局、そして恵比寿の都税事務所とすべてツアーしなければ書類提出できません(笑)。正直、社員の安全確保ということで大赤字になりながら、なぜ、自分は日々クラスターに行かなくては行けないのかもう笑ってしまうしかないようなことばかりでした。

日本という国は一度慣性力(inertia)がついたものは止まらない悪い癖があります。

一度作られた慣性力の所在地は、お役所仕事で日々安定した給料をもらう場になってしまうからです。つまり、組織本来の目的があった機能的組織(ゲゼルシャフト)から、気づかぬうちに共同体組織(ゲマインシャフト)化してしまい、戦争の勝敗よりも組織の存続が優先されてしまうことです。かつての大戦でも、非常時の作戦ということで神風特別攻撃隊が編成されました。しかし、続けていくうちにそれがルーティンとなって気づけば、お役所仕事的に日々パイロットが飛び立つ悲劇が行われました。

私たちは少しこの”intertia”の力を甘く見ているところがあります。お役所の例を上げましたが、この話は何も役所だけでなく企業でも同じです。うちみたいな中小企業だってあります。

国民がメディアに振り回される

私はワイドショーは絶対見ないと決めていますが、外で人とあうとこれだけ多くの人がテレビを今も見ているのかということに今回、驚かされました。

そして、今回のような騒動がある時はメディアにとってはメシウマです。
とにかく不安を煽り、視聴率を高める。
そのためには、都合の良いコメンテーターと自称専門家を集める。

この構図が再び再現されました。

不安に煽られた人は、精神的総うつ状態になります。
特に、ワイドショーを見れるだけ時間に余裕のある高齢者、自称テレワーク中の実質休業で満額給料の出ている恵まれている人が踊らされました。

私は、Yahooニュース見ても不安を煽られるだけと思って、途中からニュース見るのやめました。最後は世界と比較した日本の新規感染者数、死者数、人口比、超過死亡があるかどうかだけ調べて数字だけで判断してました。

先程の近衛内閣の話で反省すべきことが1つあります。

確かに、近衛は信念がなく、軍部、革新官僚、財界、そして、昭和研究会の構成員みんなにいい顔をして振り回されそして大戦への道を歩みましたが、一番の責任者は国民です。近衛文麿政権は国民からの支持によって成り立ち、戦争を拡大し、そして、ドツボにハマったのですから。

もちろん、その大多数の国民を誘導していたのがメディアだったことは言うまでもありません。
テレビニュースは見ないアートボード 1 ほとんどのニュース(新聞含む)が良い習慣を蝕んでしまう3つの理由

『失敗の本質』にかかれていることは完全制覇!

名著『失敗の本質』は、日本人すべてが日本的なるものを理解するために読むべき本の1冊でしょう。戦争というと、常にイデオロギーや戦争そのものの残酷さに焦点が行くものです。

一方で、『失敗の本質』はこうしたイデオロギー的側面を除外し、「なぜ、日本は敗れたのか」という一点に絞って論考を進めた書です。反戦的空気の強かった80年代にこうした本が出たのはなかなか画期的なことだったのではないでしょうか。

久しぶりに、流し読みしてみましたがこのあたりなどまさに今回のコロナ騒動でも散見できますよね。

・ 戦力の逐次投入
・ 空気の支配(主観的で「機能的」な作戦)
・ 精神性の過剰重視
・ グランドデザインの軽視(独自のインクリメンタリズム)
・ 人間関係を過剰重視した論功
・ 記憶重視の参謀教育

何よりも最大の課題は、組織的特性としてこうしたものを許容してしまうことです。

つまらないワイドショーを見るくらいなら、『失敗の本質』を日本国民全員が読んで「次は、その失敗はしないぜ」となるほうがいいですよね。

解決策はやはりネオ東京民衆裁判か?

さて、先の大戦は残念ながら惨めなまでの大敗北という形で日本は亡国一歩手前までいきました。ここで日本と占領国たるアメリカはどのような方法をとったのか。

この点について、歴史家の與那覇 潤さんは東京裁判の存在をあげています。一般的に、東京裁判というとその史観をすべて受け入れる人からすれば、

「悪人だった軍国主義者を断罪した」

ということになるでしょうし、その反対の立場の人からすれば、

「アメリカはじめ連合国による勝者のリンチ」

という立場を取ることでしょう。

ですが、この両者とは別にもう一つの捉え方があります。
これが、與那覇さんのいうところの「スケープゴート」(生贄)説です。

だって、先程の経緯から見てもわかるように近衛さんを熱狂的に支持したのは日本国民です。対米開戦だって初期は大喝采でした。戦時下に、冷静に戦争のことを文句を言おうものならコロナ警察ならぬ思想警察に「非国民」のレッテルを貼られたのです。

熱狂とはそういうものなのです。
そして、民主主義国家ほどこの熱狂の力に左右されやすいものです。

ですが、戦争が終われば復興が始まります。
復興には、あらゆる人の協力が必要です。つまり、戦時中戦争を礼賛した軍国おじさん・おばさんから反対していた人まで手を取り合って、一つの方向(復興)に向けて全力疾走するには何らかの手打ちが必要です。

つまり、戦犯という「生贄」に全責任を背負ってもらい「みんな騙されていた」という共通物語を作るということです。確かに、占領国たるアメリカと日本国民の利害がこの点では一致していました。

その儀式が東京裁判だったというのです。

もちろん、当時の日本人はそんなことは茶番なことはうっすらと思いつつ、東條さんたちに泥をかぶってもらったのでしょう。実際、伊丹万作は『戦争責任者の問題』というエッセイでこう書いています。

だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。

だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである。(伊丹万作『戦争責任者の問題』)



何よりも外国によって勝手に裁判をされた事自体、国辱的な話ですがそれ以上に食うことが大事だったほど、日本は当時追い込まれていたのです。

さて、はたしてこのコロナ騒動ではどうなるのでしょう。
日本はじめアジア諸国での被害が少ないことだけは明らかな今、これからそのエネルギーは自粛ではなく、経済再生に向かう必要があります。

なにせ、以前、指摘したとおり経済はコロナより多くの人を殺すのですから。
日本の完全失業率の推移 もはやコロナ犠牲者の定義を変える時期だ(犠牲者総数=「感染による犠牲者」と「経済苦による犠牲者」) 今回日本国内でも国論が分断されお互い対立している勢力が存在します。
引き続き、ゼロリスクを実現するため経済を停止してでもコロナ対策をするべきだという人(多くは所得に困らない人)。そして、今、生きていくために働かなくてはいけない人たち。

とはいえ、そろそろ熱狂から冷めてお互い手を取り合って前に進む時期が来ていることだけは間違いありません。

まとめ

さて、あと2日でうちの会社も長い休業のトンネルが終わり事業が再開します。
しかし、この2ヶ月のダメージは正直大きすぎました。世界大恐慌時と同じくらいのGDPのマイナスと、失業率を生み出すことでしょう。

私も、人生で返せるかわからないくらい借金をしました。
ここから、先の見えないトンネルを前向きに進まなくてはいけません。

となると、やはりここで必要なのは分断した日本国民同士が手を取り合って前に進むという確約です。

ワイドショーは視聴率を取れれば何でも良いのでしょうが、彼らだってこの状況が続けばダメージは大きくなり、コロナ芸人だけが勝ち組、残りの日本国民全員が負け組、という事態だって起きてしまうわけです。

そうならないための解決策を歴史に見出すというのも一つではないでしょうか。

大山俊輔