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東日本大震災から1年 ~ グローバリズムからナショナリズムへのレジームチェンジ

東日本大震災ブログ

大山俊輔です。今日は3月11日。
東日本大震災から早くも1年が経過した。

当社がこの日だけ行ったことは、全社での黙祷くらい。
震災にかこつけて宣伝に繋がるようなことをする気にも毛頭なれず、東北と日本に想いを寄せつつ粛々と仕事を行なっていた。

正直この1年、震災が起きて間もないころは募金だ、ボランティアだと騒ぎあい、そして、互いに
日本人は冷静沈着ですばらしい、なんてテレビでは騒ぎ立てていたが、本大震災をキッカケに日本が目を覚ましてレジームチェンジをするかと信じていただけに、偽善が闊歩する現状に気持ちを暗くしてしまった。

この日ばかりは普段は全く見ないテレビもつけてしまったが、某通信会社の社長がチャンネルを
変えてもひっきりなしに登場して、言葉こそは被災地への想いを伝えるものの、自らの募金活動の話などが中心。

ボランティアも当初はあれだけ騒いでいたものが、今ではすっかり減ってしまうし。日本人は熱しやすく冷めやすいといえば、それまでだが、ほんとうの意味で、被災地の同胞のためと思うなら今は、東北のことを長く忘れない気持ちと日々を一生懸命生きて、少しずつでも貢献していくという地味な活動こそが大事な気がする。

それはもちろん個人や企業といったレベルの話。

逆に、個人や企業ごときが出来ない巨大復興プロジェクトこそ、今、このタイミングで行うと同時にこれを奇貨としてデフレ脱却、円高対策、次の大震災に備えた布石とするべきなのに、この日本では、その予算に対しての議論から始まってしまう。そして、何故かこのタイミングでグローバリズム推進で東北地方にとってマイナス意外何もないTPP。

経済学的に考えれば、今の日本国のバランスシートを一般会計、特別会計合算してみれば
資金的には全く問題ないし、そもそも、債権国だ。アメリカのように債務国でもこの経済の大危機ではなりふり構わず自国経済を守ろうとする。
また、TPPについても以前、自分が書いたエントリにあるように日本にとってほとんどメリットがない割にはマイナス要因が強すぎる。それが自分の立場だ。

とはいえ、東北の同胞がこのような状況なのに、そもそも、こんな議論を今している事自体が
自分には「こいつら本当に日本人なのかよ」と言いたくもなってしまう。TPPに関して言うと震災で寄付やその他の活動で目立とうとした会社経営者の多くがTPP賛成だという時点で、偽善が見え隠れする。

もちろん、単なる情報不足ならばまだ許せるが、もし、自分達のことだけしか考えてないからこその議論ならばこれは同じビジネスマンとしても許しがたい。と、力のない中小企業の経営者ながら思ってしまう。

こういうことを自分で書いているとつくづく思うが、やっぱり、グローバル化だなんだとメディアはいうが私はこてこての日本人であり、これからもそうあり続けるのだと思う。

自分の家族や社員や同胞だからこそ、大変な状況があれば理屈抜きでまとまれるし守れる。
グローバル化の時代なのに発想がローカルだと言う人は言うだろう。特に英語業界は社内公用語の英語化などの動きがあるから最もこうした流れに乗るべきだという風潮があるから。

しかし、グローバル社会がある前にまず、ローカルな国家(ネーション)がある。
自分達がビジネスで利潤をもらっているのは、日本という国家がこれだけの経済的、国土の大打撃を受けながらもまだ、強固に運営が出来るだけの基礎体力を残していたからこそだ。

だからこそあえて言うが、今の日本には、この身内へのえこ贔屓くらいの愛着や連帯感こそが大事なんだと思う。ナショナリズム、というと何故かネガティブに取られのであえて言えば、自国民の連帯感。

人類みな兄弟とか、地球市民なんて言葉をいう人、あるいは、募金だボランティアだと直後だけやってた人。

そういう人達だって、きっと、本当に大変なことがあった時やっぱり立ち返るのは、自分自身であり家族や身近な人間のことになる。

震災の時に、真っ先に想うのは家族だろう。でも、私はそれが人間の本質なんだと思うし、それを偽善で覆い隠すことこそが卑しいと思う。だったら、あまりカッコつけないし、偽善にも乗らずにただ、粛々と今やるべきことをやって、その中で少しでも東北に還元できればという気持ちを忘れない事のほうがいいと思う。

最近のユーロ危機なんかを見ていても、結局、大ヨーロッパとしてまとまろうとした西欧も、いざ、
財政危機が起きるとドイツ人はヨーロッパ人としてギリシャを助けるかというとそんなことはない。

ヨーロッパの財政危機で、ユーロ圏の人間が分かったことは、自分はやっぱりヨーロッパ人なのではなくてドイツ人であり、フランス人であり、ギリシャ人なんだ、ということではないだろうか。もちろん、ユーロの成立の経緯を歴史から紐解くと、欧州の知識階級の中に、米ソ両大国に対する対立軸を作るための
ヨーロッパ人としてのナショナリズムがあったであろうが、それが一般国民まで浸透するかというとそうでもない。

以前、日本の某お花畑総理が日本は日本人だけのものじゃない、と国会で言っていたのを
覚えている人はいる人はいるだろうか。彼は、地球市民・友愛の精神でそう語ったのだろうが、このヨーロッパの例え話から俯瞰すると日本国の総理大臣だからこそ、日本国の国会では「日本は日本人だけのものです」と言い切るべきなのだろう(そう言うとメディアは部分だけ抜粋して、偏狭なナショナリズムだ、などと叩くのだろうが・・・)。

日本という国は先の大戦後、直接戦争に巻き込まれることもなかった。
それはあくまでも、日本が国防はじめ一部の国家主権をアメリカに実質的に委譲することで得た仮の平和であったわけで、決して自分達が勝ち得た平和ではない。その仮の平和を通じて日本人は、国家や共同体といった本来国民国家で共有すべき価値観を忘れてしまったのだとすると、その平和の代償はあまりにも大きい。

おまけに、戦後、阪神・淡路大震災までは国家を揺るがす規模の大規模な天災もなかった。
だからこそ、今回の震災で目をさますことを期待したけど、どうやら、まだまだ時間がかかりそうだし、自分達も引き続き黙々と日々を過ごしながら
小さなレベルかも知れないがこうした考えを共有できる共同体を少しずつ大きくしていきたい。

意外と偽善を話す人に限っていざとなると我が身が可愛くなる。
これは、自分たちの会社でも、立ち上げ時に資金的に余裕がある時は、取締役会で聞こえてくる言葉も

「お客様の為・・・」
「社員の為・・・」

という言葉だったが、こういう人に限って一度も現場に入らないので恥ずかしげもなく
こんなことが言えるのかもしれない。しかしながら、いざ、大変になった瞬間にそういう言葉を言った人間ほどさっさと責任を取らずに逃げてしまう。

逆に、普段多少、厳しいことを言っていてもハートが温かい人間ほどいざとなった時に、
何が何でも周りの人間を守ろうとする。それが本当の魂の通った人間づき合いだと思う。

そういう意味で、自分はグローバリズムには賛同しないし、偏狭だと言われようがナショナリズムを支持する(もちろん、他との違いを理解し付き合っていくという意味でだ)。明らかに身内びいきだし、綺麗事は嫌いだ。

そして、ビジネスでメリットがあるからと、偽善で我が身を隠すのも嫌いだし、そもそもそんなに器用な人間でもない。

ま、それはそれでいいと思っちゃうわけだが。

これからの日本は、更なる大震災のリスクに加えて世界経済が100年に一度と言われる危機的状況の中
生き延びないといけない。自分達の会社も同じく、その中で生き延びる必要がある。

だからこそ、ますます、まずは福沢諭吉の言うところの「一身独立、一国独立」の精神をもって
頑張っていきたい。

大山俊輔