content-single

ハンニバル・バルカの彫刻

ハンニバル・バルカって?

大山俊輔です。
さて、いきなりですが、ハンニバル・バルカをご存知でしょうか?
 
人によっては、ハンニバルといえば映画『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクターのイメージしかないかもしれない。私にとって単語「ハンニバル」とは、ローマ(共和政ローマ)を恐怖のどん底に落としいればカルタゴの将軍、ハンニバル・バルカのことである。B.C. 247〜B.C.183の人物ということで、時代的には中国で言うと秦の始皇帝の統一(B.C.221)やその後の項羽と劉邦の戦っていた時代だ。
 

Hannibal erat ad portas.(ハンニバル・エラト・アド・ポルタース)

 
この言葉を知ってたら相当な世界史オタク。
 
ラテン語を直訳すると「門にハンニバルがいた」。
意訳すると「危険=迫っていた」という意味だ。
 
それくらいに、あの最も国力が充実していた共和制時代のローマ人を恐怖に陥れたハンニバルという男に自分は惹かれてしまう。あまりに惹かれてしまうがために、ハンニバルが主人公の一人である、漫画『アド・アストラ』に出てくるロン毛のミュージシャン風ハンニバルの真似した髪型にするため、この2年髪を伸ばしている(笑)。美容院で説明するのが大変なので、金子ノブアキみたいな感じでと言ってるが(笑)。
 

漫画アド・アストラのハンニバル
 
それくらいにこの人物に惚れ込んでしまう自分は、彼の肖像画が書かれているチュニジアの5ディナール紙幣や硬貨、そして、パソコンの壁紙までハンニバルが出てくる有様。きっと、本人が見たら呆れてしまうだろう(笑)。
 

それも、かれこれ高校生の山川の世界史資料集にでていたこの絵に出会ってからだ。まず、高校生時代の自分が衝撃を受けたのは下の絵。
 

ハンニバルのアルプス超え

 
有名なハンニバルのアルプス超えだ。ハンニバルの属する国、カルタゴは地中海は北アフリカ、今のチュニジアを中心に栄えたフェニキア人の国だ。

 

カルタゴの領土はこんな感じ

カルタゴの領土

 
今の国で言うと、チュニジアを中心に、リビアやアルジェリア、モロッコの沿岸部、シチリア島、サルディーニャ島、コルシカ島、スペイン南部を支配した国だ。そして、地中海の向かいにはちょうどローマ(当時は共和制)が半島を統一し、その勢力をシチリアに伸ばし始めてきていた。
 
シチリア島の取り合いが主たる戦争開戦の原因となったのが第一次ポエニ戦争。この戦いで、カルタゴは屈辱の敗北を喫する。
 
この戦いでシチリアの権益を失ったカルタゴは、失地の権益を補うべく、イベリア半島(主にスペイン)の経営に乗り出す。この時に、ハンニバルの父、ハミルカル・バルカが作った町の一つがバルチーノ(現バルセロナ)やカルタゴ・ノヴァ(現カルタヘナ)である。ちなみに、サッカーのFCバルセロナは愛称がバルサだが、これはバルカ家の”Barça”が語源だ。
 
FCバルサ

 

ハンニバル、いよいよスペインを進発

第一次ポエニ戦争での敗北の屈辱を晴らすべく、ハンニバル・バルカは立ち上がった。当初、歩兵90,000人、騎兵12,000人、そして、戦象37頭を率いてカルタゴ・ノヴァを出発したと言われる。
 
ちなみに、ノヴァはラテン語で「新しい」という意味。
カルタゴ本国に次ぐ新しい領地を作ったことを象徴する名前だ。
英会話スクールのNovaは多分このラテン語から取ったのかな?と思う。
 
その後、本国の防備の兵を戻して、歩兵50,000 、騎兵 9,000 、戦象 37 頭を連れてローマに向かって進軍した。
 
普通に考えてみて、60,000人の兵を率いるだけでも大変なことだ。
数で見て、ちょうど千代田区民とほぼおなじ規模だ。
うちの会社はまだ100人位だけど今でもひーひーやってる(笑)。
 
しかも、すごいのはローマと違ってこの兵たちの出自だ。
主力は北アフリカ出身のリビア兵、これは主に歩兵だ。その次に多かった歩兵はイベリア半島出身者、今で言うスペイン人だ。それ意外にも、傭兵でアフリカ各地の兵やバレアレス諸島出身者も参加している。
 
そして、騎兵については半分がアフリカ出身のヌミディア騎兵、そして、半分がイベリア騎兵だ。更にはおまけに象さんまでついてきている。
 

ハンニバル、何がすごい?

こんな兵を一つにまとめるのはどれほどのリーダーシップが必要なのだろう?会社経営をやってると、これが如何にクレージーなことか分かる。
 
そもそも、言葉がバラバラでどうやってまとめるのかを考えるだけで頭が痛い。
うちはスタッフの7割が外国人の組織。社内公用語は業務レベルは英語だけど、当然ながらビジネスは日本でやってるわけで、経営判断を行うときの言語は日本語だ。英語が得意な日本人スタッフもいれば苦手な人もいる。でも、日本人は義務教育で最低限の読み書きと単語力はあるので意思の疎通はできている。
 
 
一方、ハンニバル軍は言語傾倒もバラバラだ。
ハンニバルが話していたであろうカルタゴはフェニキア語、つまり、セム語系統の言語なのでアラビア語やユダヤ語に近い。
一方、彼が取り込んだスペイン、ガリアの兵たちの多くは、インド・ヨーロッパ語族の言語だろうから、まず、通じない。相当コミュニケーションは大変だったのではないかと思う。
 
しかも、その後、彼はイタリア半島にアルプス超えを敢行し、後ろから殴り込みをかける際に現地でローマに反抗する異民族(ガリア人)を徴兵し、自軍に加えている。もうむちゃくちゃだ。
 
一方で、ローマはそういう意味では、カルタゴ軍とは逆に統一の取れた軍隊だ。第二次ポエニ戦争までに、イタリア半島は北部ガリア人居住地を除くとほぼ統一されて言語や習慣などもある程度共有した民族になっている。ローマや同盟市から徴兵された軍隊は、ほぼ、まとまりを持った精強な軍隊だったと言えるだろう。
 
どちらかと言うと、カルタゴ軍は傭兵主体ということもあり、今で言うと外資系企業やベンチャー企業。国籍もバラバラ、雇用形態も中途採用主体で、社員だけでではなく業務委託のフリーランスなどもいるバラバラの組織のイメージだ。
 
一方、ローマは新卒一括採用の伝統的日本企業。しかも、今のような制度疲労激しい日本の大企業ではなく、高度経済成長期のそれだ。経営者も皆創業経営者で力満ち足りている。中間管理職から現場まで統率の取れたチート時期の日本企業のイメージだ。
 
当然、今のように通信手段はなく作戦の伝令や武器の統合運用など考えてもローマの方が圧倒的に有利そうだ。
 

アルプス超えとカンナエは古代のBHAGだ

 
だが、そんなローマに対して、この男は15年に渡りイタリア半島を席巻するのだ。
 
細かな戦史については多くのサイトで解説がなされているが、彼のマスターピース(最高傑作)はまさにこのアルプス超えとB.C.216年に行われたカンナエの戦いだろう。彼がこれほど、多国籍の軍を敵地で長期的に維持できたのは彼の統率力は言うまでもないが、アルプス超え、カンナエというマスターピースを作る必要があったのだろう。
 
いわば、これはジム・コリンズの『ビジョナリーカンパニー:時代を超える生存の原則」で言うところのBHAG(Big Hairy Audacious Goals)「社運を賭けた大胆な目標」だったと言えるだろう。
ビジョナリー・カンパニー
『ビジョナリー・カンパニー』久しぶりに読みたくなってきた(笑)

 
次のエントリではこの2つのマスターピースと、ハンニバルの残念な点について書いてみたい。


カテゴリー: 歴史オタク