習慣デザイン=自分ハック

恩人としてのイフ外語学院、故中野正夫先生

イフ外語学院

ハビットマン

こんにちは。習慣デザイナー・ハビットマンShunです。

こちらのエントリをお読みの方はイフ外語学院について調べていてこのブログに出会ったかもしれません。あるいは、イフ外語学院の故中野正夫先生について検索されたかもしれません。

おそらくこのエントリを読まれるタイミングでは読まれている方もご存知だと思いますが、2019年3月に中野先生は心筋梗塞でお亡くなりになられました。ご冥福をお祈りします。

多くの方が海外留学前にイフで準備をされました。私もその一人でした。

先生の息子さんからこのニュースを聞いた時、信じることができませんでした。というのも、そんなことが微塵も感じられないほど前日まで元気にお仕事をされていたようですので。私も半年ほど前に、お仕事でお会いしましたが、向こう10年は前線で頑張るとおっしゃっていました。

つくづく、運命とはかくも残酷なものかと思わされました。

イフ外語学院に通ったきっかけ

私にとってのイフ外語学院、中野学長との出会いは大学生3年のときでした。
1997年のことですので、かれこれ20数年前のことになります。

当時、どうも社会人になるという実感がない私は海外留学を考えるようになりました。それも、留学するなら仕事に直結して実利的なMBAというのがあるらしい。

そのくらいの認識でMBA留学を目指すことにしました。本当に軽い動機で、今振り返ると浅はかさが恥ずかしいですが若いというのはそういうものなのかもしれません。

さりとで、学生時代英語は苦手。大学でも英語は単位を落としていたような私にとって、MBA留学というのは高嶺の花でしたし、そもそも社会経験がほとんどな状態で行くことを周囲にも疑問視されていました。そんなときにお会いしたのがイフ外語学院さんでした。

うろ覚えですが、その時私のカウンセリングをしてくれた方はこんな事をおっしゃってました。

行くか行かないかは本人が決めること
行きたいならいけばいい
それなりに学ぶことはある

こんなお話でした。
もちろん、商売ですから入学してくれた方がいいのでしょうが、社会経験のないMBA留学に不安を感じていた私は妙に背中を押されて、

「ま、なんとかなるか」

と思ったのを覚えています。

あの時、私のカウンセリング(&営業)してくださった方。女性のとてもハキハキされた方でお名前を失念してしまいましたがありがとうございます。かくも、営業というのは人の運命を決めてしまうこともある。そんな事を今思い出しました。

きっと、今も幸せにお過ごしであることを祈っております。

イフ外語学院中野学長との出会い

こうして、イフ外語学院に入学した私は大学4年になりました。周囲が就職活動に勤しむ中、私は関西学院大学の図書館や地元の芦屋市立図書館に大学受験生に混じって、4年ぶりに受験勉強をはじめたのです。

当初、私の担当をしてくださったのは山下先生。
先日中野先生のお別れ会でも久しぶりに再会できました。本当にお世話になりました。

中野先生はお忙しく、亡くなられる直前までずっと東京と大阪の校舎を往復されて教壇に立たれていました。今思えば、あの頑丈な体と体力があったからこそのイフであり、一方で、その負担は先生が一身に背負われていたことが今回につながってしまったのかもしれません。

当時大学生であった自分は世の中の仕組みなどあまり興味もありません。その学校の創業者が誰なのか、どんな沿革をたどってきたのか。今ならば、真っ先にそこに興味があるところですが、当時の私はこうしたことに無頓着でした。

そんなある日、新大阪のイフ外語学院のビルの入口で座りタバコをしているおじさんがいました。

確かこの日は平日でした。生徒さんの多くが社会人であるイフ外語学院は、平日のお昼間は学生さんはほとんどいません。

そして、珍しく学生であった私はほぼ顔パスで空いている部屋を使わせていただいて自習をしてました。ちょっくら飽きて、コンビニにおにぎりを買いに行ったその時。

中野学長と知らぬ私は、座りたばこをしているおじさんに話しかけました。

私:「あなたも、MBA準備中なのですか?」
学長:「あ、私学長です(笑)」
私:「あ、、、、失礼しました」

これが、中野学長との出会いでした。

その後学生で、他の生徒さんがいない時間にいることを散々活用して、中野学長、山下先生には多くのお時間を頂戴し、そして、なんとかSouthern Methodist UniversityのEdwin L. Cox School of BusinessのMBAに合格しました。

サザンメソジスト大学MBA

結局やめちゃいまして、Thunderbirdに転校してしまいましたが(笑)。

帰国後

私はThunderbirdを卒業した後、フラフラと様々な業界に転職しそしてMBA留学をしてたことなんかすっかり忘れて2010年が差し掛かろうとしていました。

そんな時に、

「大山くん?」

というFacebookチャットを先生からいただきました。
当時はFacebookが日本に上陸したばかりで、友達の友達で引っかかるととりあえず友達申請していた時代です。

私の知り合いの誰かがイフでお世話になっていてすでに中野先生とつながっていたのでしょう。そして、ミーハーな先生はその頃すでにかなりFacebookを使いこなされていたようです(笑)。

こうして帰国後に不思議なご縁が戻ることになりました。
様々なイベントにご招待いただいたり著書『世界は君を待っている』で一章担当させていただいたり・・・。

本当に多くの思い出をありがとうございます。
奇しくも同じ語学業界に身を置くことになって、どこかで恩返ししたいと思っていたのにそれが間に合わず本当に申し訳ない次第です。

ですが、これだけ多くの卒業生を輩出しきっとその志は継がれていくことでしょう。

今までどうもありがとうございました。
そして、ご冥福をお祈りします。

ハビットマン(大山俊輔)