習慣デザイン=自分ハック

Gabaマンツーマン英会話に学んだこと(思い出)

Gabaマンツーマン英会話との思い出

ハビットマン

こんにちは。習慣デザイナー・ハビットマンShunです。今日はb わたしの英会話の代表として書いています。

Gabaマンツーマン英会話。私の人生でこの学校との出会いがなければ、今のb わたしの英会話の創業はなかったと思います。

昔、映画『Black Rain』でマイケル・ダグラス演ずる主人公は日本の警察(高倉健)と共同で、松田優作演ずるギャングとの抗争に巻き込まれます。エンディングで、主人公に味方したアメリカ人女性が、日本を去るか去らないのか、という質問をされた時にこんな言葉で返しています。

” A love-hate relationship can last a very long time.”(愛憎関係って長続きしちゃうものなのよ)

私にとってGabaさんはいろんなことを学ばせて頂きつつ、そして、時には同じ業界に属する競合関係にあるスクールさんだなと思っています。

このエントリは私の思い出を語るブログですのでどんな方が見に来られるのかわかりませんが、英会話スクール業界に興味ある方が見かけることがほとんどだと思います。一部のマニアックな方たちの耳目に触れれば幸いです。

b わたしの英会話創業のきっかけとGabaさん

私がb わたしの英会話を他の仲間二人と創業するきっかけになったのはGabaの創業者吉野さんとの出会いでした。

証券会社での日々

2000年代前半、私はベアー・スターンズというアメリカの投資銀行でM&Aなどの仕事をしていましたが、悶々としていました。

外資系証券会社での高い給料とステータス。

一見、贅沢に見えるかもしれないですが日々プレゼン資料をつくって、徹夜して目をまっ赤にしたまま次のクライアント先に行く。そんな生活に自分の20代前半を注いできたのですが、「こんなことばっかりしてていいのだろうか?」という内なる声に悩まされました。

そんな時に自分にとって転機となったのがアメリカ留学時代の先輩でした。

先輩の紹介でGabaの創業者と面談

「大山くん、吉野さんに会ってみない?」

そんな悶々としていた私の内なる声にこの言葉が何故か突き刺さりました。こうして、留学時代の先輩の紹介で(彼もGabaで働いていました)Gaba創業者の吉野さんとの面談を行うことになりました。

私よりほんの少し年齢が上の方ですが、非常にスマート。正直、ほぼ同世代でしたので自分との能力差に愕然としました。今まで、私は、証券会社やコンサル業界の人との交流が多く、「頭がいい=いわゆる高学歴エリート」という公式でしたが、彼は、全く異なるタイプの地頭のいい方で私はとても彼に引き込まれました。

「こういう人がベンチャー企業の創業者なんだ」

こんなイメージが自分の中でできあがった瞬間でした。

誘われたものの断って保育ベンチャーへ

実は、この面談の中でGabaの吉野さんに入社を打診されました。
ポジションはGabaの上場(IPO)担当。

証券会社のバックグラウンドから、私には適任のポジションのように思われました。また、当時Gabaさんはほぼ上場することが可能なところまで企業規模や利益などを達成していて上場はほぼ間違いない。そんなお膳立てができた状態での打診に私の心は揺れました。

かなり勝率の高い勝負で、かつ、上場まで持っていけば私は「上場させたCFO」としてとりあえず今後食い扶持には困りません。そんな魅力的なオファーでした。

ですが、結論としてこの魅力的なオファーを断り私は保育ベンチャーのポピンズへ。当時からそうだったのかもしれませんが、環境が整ってると自分はイマイチ頑張れないようです。

ここで英会話スクール業界と私の関係はしばらくの間中断しました。

b わたしの英会話創業へ

その後、私はしばらくの間保育業界で働き、そして、グロービスさんの運営するベンチャーキャピタルでキャピタリストとしてベンチャー企業への投資をする仕事に携わることになりました。

ベンチャーキャピタルというのは馴染みのない人にはあまりイメージのつきにくい業界かもしれません。

ベンチャーキャピタリストの仕事は、多くの創業者社長と一緒に仕事をします。人には言えない産みの苦しみ、そして、何度と訪れる会社のピンチ。創業者社長はこうした局面に孤独に立ち向かいながら生きています。

中には今ではすでに成功を収めた方もいらっしゃいますし、ひっそりと消えていかれた方もいます。ですが、こうした修羅の人生にどこか自分に未来を重ねるようになりました。

そして、その時に、偶然にも留学時の仲間たちの再会がありました。その中のひとりはGabaの吉野さんを紹介してくれた方。そして、もうひとりは同じ留学先のアメリカ人。3人で話していくうちに、話は盛り上がりそしてあれよあれよという間に英会話スクールを創業することになりました。

この間わずか数ヶ月。ちょうど間で私の祖母がくも膜下出血で急逝し、それが私の背中を押してしまったところもあります。やっぱ、人間いつかは死ぬんだからできることは今やれって。

今振り返ればですが、そのスクールが「b わたしの英会話」として14年に渡り運営することになるとはあのときには思いもしませんでした。

その後もGabaさんから学んだこと

英会話スクール業界での起業となったことで、建前上はGabaさんは同じマーケットに属する競合会社ということになります。

ですが、実際のところお客さまは先方は男性ビジネスマンや法人経由の方が多い一方で、私達のスクールは英会話初心者の大人女性のみ。ということで、そこまで顧客の取り合いをしているという実感は今も昔もあまりありません。

私達がb わたしの英会話を創業したときにはすでに創業者の吉野さんは会社を去っており、後続の経営者の方々が会社を運営されていました。

こうして、経営層や現場でもお互いを知るものは少なくなっていきました。

大変だった時に上山社長から学んだこと

その後、予期せぬ形でGabaの経営者と再びお世話になることがありました。ただし、このときの経営者は吉野さんではありません。

そのきっかけは、b わたしの英会話の創業から数年目のことです。自信満々で立ち上げた会社でしたが、思ったより、立ち上がりが順調に行きません。それはそうです。業界未経験者なのに風呂敷だけはでかく広げてしまったのですから。

こうして、一度だけですが真面目に身売りを考えたことがありました。

その候補の1社がGabaさんだったのですが、その時の社長は上山健二さんという方。
今はアパレル大手ワールドの社長をされていますが、有名な再建のプロ経営者です。

Gabaへは、上場後、業績が一時的にダウンした時に立て直しで株主から任命されていたのだと思います。その前に、上山さんはスーパーの長崎屋などの再建で実績があり、すでに有名な経営者でした。

何度かお会いする中で、私はこの上山社長に心底惚れ込みました。向こうも、b わたしの英会話をGabaのグループに取り組み、初心者向け女性マーケットはbに、ビジネス主体のマーケットはGabaにという構想を考えていたようです。

残念ながらその話はご破綻となりました。株主は早々の立て直しと、エグジットを考えておりここで別の会社を買収したりすることには前向きではなかったのでしょう。

こうして、お蔵入りしたb わたしの英会話とGabaのお話ですが、今も、この時に上山さんとの短い会話の中から学んだことは様々な点で私の中で血となり肉となっています。

上山さんは今はアパレル大手のワールドを再建し、更に、経営者としての名声を高められました。

あらゆる点で学びが多い会社さんです

Gabaさんは現在は、ニチイ学館グループに買収され経営体制も変わりました。

私自身も、当時は経営陣に何人か知り合いがいて、いろいろ相談したりすることがありましたが、現在は人が入れ替わり交流は全くない状態になりました。

ですが、今も学ぶことが多い会社です。

電車広告のキャッチコピーから台風時の休業対応。あるいは、外国人講師の採用方針などオペレーションを中心に外から見ていると学ぶことが今も数多くあります。

やはり私達より遥かに大きな組織として、そして、長い歴史を持つプロフェッショナルな事業運営をされているので英会話スクール業界内ではこうありたい、と思う会社であり続けるのでしょう。

今は外から眺めながら学ばさせていただいていますが、不思議なご縁だなぁと思います。なぜって、2回に渡り私はGabaさんで働くかもしれなかったのですから。

もし、自分があの時Gabaに入社して上場に携わっていたら、恐らく上場など資本市場を中心とした財務の人間になっていて起業家としての道を歩んでいなかったことでしょう。

こんなことを書きながらつくづく人間万事塞翁が馬という言葉を思い出しました。

大山俊輔