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【書評・レビュー】永野 護『敗戦真相記』を読んで

永野護『敗戦真相記』の書評・レビュー

ハビットマン

こんにちは。習慣デザイナー・ハビットマンShunです。今日は永野 護『敗戦真相記』のレビューを書きました。

久しぶりに関西に戻っておりました。
その新幹線の中で読み直したのが本著『敗戦真相記』です。副題として「予告されていた平成日本の没落」という言葉が付け加えられています。

もともと本著は敗戦間もない昭和二十年九月に著者永野護が広島で行った講演を文字起こししたものがベースとなっています。

まず、驚くべきことは、本著は敗戦1ヶ月目にして永野氏が爆心地であった広島で行った講演録であること。また、その分析が非常に明快であること。決して敗戦のショックに対しての反動で書かれたのではなく、彼が長らく日本社会を観察していて感じていたことをまとめた書だということもできるでしょう。

したがって、この副題のとおり本著は平成30年の日本と現在の令和日本の凋落をも予言する書だということで平成半ばの2002年(平成14年)に復刻版が出版されました。

これからの日本の先行きを占うには、まず、日本人論を知っておくことは役に立ちます。本著は、間違いなくその1冊となることでしょう。

日本文化論・失敗論の鏑矢として

先の大戦の敗戦を通じて数多くの「敗戦論」「失敗論」の本が出版されました。

その代表といえば、『失敗の本質』が最も有名でしょうが文化論的考察としては戦後高度成長期の日本に敗戦前と同じ問題を見出した山本七平の『空気の研究』も外すことができないでしょう。

ただ、『失敗の本質』の出版は1984年、戦後40年近くが経過していますし『空気の研究』も私が生まれた直後の1977年でほぼ30年が経過して書かれた本です。

ですが、『敗戦真相記』は1945年9月で敗戦後わずか1ヶ月目の講演録である点が特徴です。

著者永野護について

永野護

永野護はまず、財界人として頭角を現します。
東京帝国大学法科大学を卒業し、あの財界人、渋沢栄一の秘書となることでキャリアをスタート。東洋製油取締役、山叶証券専務、丸宏証券会長、東京米穀取引所常務理事などを務めます。あの「帝人事件」で逮捕されたりもしています(無罪)。

戦中、戦後に衆議院議員を務め、第2次岸信介内閣では運輸大臣に任命されます。

私の中では本著に書かれた永野氏の分析に非常に感銘をうけるとともに、違和感を感じたのがこの点です。つまり、自分自身も国会議員として中の人であり、これだけの分析ができていたにも関わらず、この昭和の怒涛の大転落のときには傍観者となってしまったことです。

本著に感銘を受けつつも、果たしてここまで敗戦を予期しながら何もできない日本病とは一体何なのだろう?そんな事を考えながら読んでみるのも楽しいでしょう。

永野 護『敗戦真相記』のあらすじ

本著の構成は下記から成り立ちます。

1:戦争はどのようにして起こったのか
2:どのようにして戦いに破れたのか
3:「科学無き者の最後」
4:日本における陸軍国と海軍国
5:ポツダム宣言の政治性を読む
6:米中英ソ、四カ国の行方を見る
7:日本の将来はどうなるか

この中で、まず、戦争が起きた理由を「己を知らず、敵を侮った」点に上げています。明治の元勲は、自国の国力を理解し、日清日露の大戦争をはじめから終戦シナリオを描きながらすすめるだけの現状分析ができたが、昭和の官僚政治家がそれができなかったこととしています。

リーダーシップの不在

特にリーダーシップについての分析は耳が痛いところで、スターリン、ヒトラー、チャーチル、ルーズベルト、蒋介石といったオーナー型のリーダーに対して日本は東条さんでスタートし、戦中も内閣が変わる始末。

今と変わらぬ官僚政治で、戦争目的もないままお役所仕事で戦争を続けてしまったことが最大の敗因であることを指摘しています。

戦争目的が不明快なまま突き進む

また、私達が考えている以上に残念ながら東亜諸民族はおろか日本国民の協力も得ることができない程度の戦争目的を持って遂行したことについてもかなり手厳しい指摘がされています。

実際、軍需工場の稼働率などは戦中は暗黙のサボタージュにあってろくに稼働しなかったのに、戦争が終わり復興に入った途端、出勤率が一気に改善したような事例も挙げられています。つまり、役人の独りよがりに国民を道連れにしたことで、本当の意味での総力戦とはならなかったこと。

このあたりは、今の日本を見ていても思い当たるフシがありますね。

マネージメントの不在

この昭和20年の講演の時点で「マネージメント」という言葉がでてくることに驚きです。まだこの頃はドラッカーの存在も日本では知られていません。

彼はこのマネジメント力の不在が科学力の差よりもさらに敗戦につながったと指摘しています。ここでも、日本の官僚機構に対して厳しい言葉を加えていて、下記のように言っています。

日本の官僚の著しい特性は一見非常に忙しく働いているように見えて、実は何一つもしていないことで、チューインガムをかんだり、ポケットに手を入れたりして、いかにも遊んでいるように見えて、実際は非常に仕事の速いアメリカ式と好対照を見せています。

一方で、政治家としてこの官僚機構の不甲斐なさの本質的な問題は、政治家にある点も指摘しています。

かつての、大久保利通や西郷隆盛、いや、もっと時代がさかのぼって山本権兵衛くらいでもいれば、このようなことにはならなかっただろうという指摘をしています。ここは、自身が政治家としてこの大きな潮流を止めることができなかったことに対しての多少の反省を含むのかもしれません。

内輪もめ

陸軍と海軍の不仲をあげています。武器弾薬の企画が陸海軍で違ったことは有名ですが、大日本兵器の青砥工場では、陸軍の軍人が通るもんと海軍の軍人が通る門が別々にあったそうです。当然、入り口でこんな感じですから、工場内でも高い塀があって、お互い工員を融通しないなんてのは当たり前。

一時が万事こんなことでしたから、実際の戦いでも連携が取れないことは日常茶飯事でした。

日本というのは不思議な国で、民族も言葉も同じはずなのにこうしたセクショナリズムにより組織が分断されて柔軟な運用が徐々にとれなくなる傾向があります。当然、これでは戦いで勝つことができないでしょう。

民族的統一心理

軍部が暴走してしまった原因を日本人の国民性に見出しています。
これは、議会、財界、文化人、そして、国民の無気力に上げています。確かに、一部のグループが暴走してしまったが、こうなって引くに引かれぬ状況になると日本人は仮に自分の信念と異なったとしても、大なり小なりおのれを捧げてしまう。そんな国民性です。

この民族性が一度行き先を誤った国家を破滅に導いてしまったが、永野はこのエネルギーこそが日本再建のエネルギーにもなる。そんな風に語っています。

これは、山本七平も『空気の研究』でこのように語っています。

これが一つの力である限り、それは必ずしもマイナスにのみ作用するとは限らず、その力はプラスにもマイナスにも作用しているはずである。そしてプラスに作用した場合は、奇跡のように見えるであろう。明治の日本をつくりあげたプラスの「何かの力」はおそらくそれを壊滅させたマイナスの「何かの力」と同じものであり、戦後の日本に“〝奇跡の復興”〟をもたらした「何かの力」は、おそらくそれを壊滅さす力をもつ「何かの力」のはずである。その力がある方向に向くときに得た成果は、その力が別の方向に向いたときには一挙に自壊となって不思議ではない──その力をコントロールする方法を持たない限りは。


結論 – 敗戦は「軍事的敗北」ではなく「文化的敗北」であり「教育の敗北」である

彼は、結論としてこの敗戦を「文化的敗北」であり「教育の敗北」であると位置づけています。

前述のような軍事的敗北のきっかけとなった原因の多くは、日本文化の課題であり、むしろ、アメリカに対しての文化的敗北こそが、軍事的敗北の根底をなしている事実を指摘しています。

明治維新から80年を経て、大日本帝国憲法を制定したにも関わらず、敗戦を通じてあらためて議会政治の運用をアメリカによって教えられる今日の状況は、世界の敗戦の歴史を見ても、その例を見ない国民的屈辱であると。

これは、軍部や官僚の暴走は政治不在の責任であり、そして、政治不在の責任は国民の無気力の責任であるということができるでしょう。こう考えると、今の投票率の低さを見ても日本の本質はあまり変わっていないといえるのではないでしょうか。

また、教育論として、永野は江戸期から明治初期までの人間教育は「武士としての人間力の完成」が最大の目標であったが、現代(昭和初期)は人間鍛錬を怠り、技術習得のみを唯一の目標としたため、人々の人生観は立身出世に堕してしまったと指摘します。

この点は、以前紹介したオルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』に出てくる「専門人」の問題とも重なります。

実は起業家必見!?ホセ・オルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』は生き方の指南書

まとめ

読めば読むほど、平成・令和日本の行く末を占うような本です。残念ながら、彼の分析どおりであれば令和日本は落ちるところまで落ちることが確定してしまいます。

なぜなら、今までの日本の負けパターンをキレイにトレースしているからです。

そうならないようにすることこそが、『空気に逆らう』ことであって、こういう日本人が増えていくことができれば、少しでもこの流れを遅れさせることができるのかもしれません。


ハビットマンShun